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普通の人のエコロジー入門
第1章 なぜ、普通の人のエコロジー?
地球にやさしくとは言うけれど・・・(その2)

 1998年までの僕(当時38歳)は、前回の連載でもご紹介したように、地球環境になるべく負荷をかけない生活をすること(環境)と、家族の長として妻、子どもを養うこと(経済)との調和点(真ん中の道)を見いだせずにもがいていた。しかも、家族全体でその調和点に立とうと努力することが、大きなハードルとなって自分の前に立ちはだかっていた。

 そんな時に声をかけてくれたのが、ロッキングオン『H』という雑誌の編集長だったSさんだった。彼は音楽業界時代からの友人で、僕自身が会社をやめてからも、情報交換をする相手だった。その彼が僕にエコロジーの連載の道を開いてくれることになった。

 当時、なぜ彼が、音楽や映画、アニメなどのカルチャーを扱う雑誌のなかで、エコロジーの連載を始めよう思ったかについて、こんな説明をしていた。

「最近、うちの編集部に入ってくる女性社員が自然にコピーの裏紙を使ってるんですよ。こんなことはこれまでなかったことなんです。で、考えてみたら、彼女たちは『風の谷のナウシカ』や、『となりのトトロ』を見て育った世代なんですよね。だから、そういうエコロジカルな仕事の仕方が自然に身についている。これからはそういう人たちが時代を担うんじゃないかな〜。上岡さん、良かったですね〜。ついにエコの時代が来ましたよ!」

「へぇ〜、そんなものかなぁ」と思いながら始めたコラムは、意外にも人気が長続きし、5年にわたる長寿連載となり、まだ『H』に存在している。この夏からはEOLの女性スタッフにバトンタッチされ、より現場感のある連載への衣替えすることになっている。

 こうした時代の転換点を見分ける能力を持った編集者と友人であったこともしあわせだが(彼は現在、『SPOON』という雑誌の編集長をしている)、ソフトの世界で宮崎駿氏などの先人のなしてきた仕事の影響力がいかに大きいかということを痛感させられたものだ。

 僕自身、この「H」の連載が始まる前までは、週刊プレイボーイという雑誌でニュースの記事やインターネットのコラムの担当などをさせてもらっていた。週刊プレイボーイでは自然農法家福岡正信氏の連載などを担当したこともあったが、エコロジー系の仕事はほんの一部。たとえ隔月にせよ、エコロジーの連載コラムを持つということは僕にとっても大きな前進であった。そして、このコラムの連載がエコロジーオンラインの立ち上げの大きな原動力となり、その後の活動に多くの示唆を与えるものとなる。

 このコラムを2、3回手がけた頃、Sさんが僕にこんなことを言う。

「『H』に参加している女性アーティストたちも、エコロジーに興味を持つ人が多くなっているようです。きっと、上岡さんのコラムなんかも、読んでくれているんじゃないかな〜。せっかくだから、その方たちにも参加してもらってエコロジー特集をやりましょうか・・・」

つづく


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上岡 裕 (カミオカ ユタカ)

1983年4月、国際基督教大学卒業後、(株)ソニーミュージック・エンターテインメント(SME)入社。在職中は大江千里、エレファントカシマシなどの宣伝を担当。91年4月、SME退社後、フリーライターに。1991〜1992年にかけ、アメリカ西海岸バークレー市に滞在。インターネットに出会う。1999年5月、インターネットメールマガジン「普通の人のエコロジー」創刊。2000年3月、エコロジーオンラインを創立。



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