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普通の人のエコロジー入門
第1章 なぜ、普通の人のエコロジー?
地球にやさしくとは言うけれど・・・(その6)
1999年、それまで、ほとんど顔をあわせたことのない人たちとともに、エコロジーオンラインを立ち上げたわけだが、メールニュースの配信やウェブの編集ということでは、ほとんど支障なく物事が進んでいった。遠く離れている個人が、インターネットを活用することで、こんなにスムーズに仕事を運べるものなんだな〜というのが、立ち上げ当初の素直な気持ちだった。
インターネットを通して集まった仲間が地球環境に対する「危機意識」と「善意」というものでつながり、ひとつのプロジェクトを形成していく。それはたしかに素晴らしいことだった。ただ、日本にとどまらず世界各地で活動する仲間たちに対して、なにもしてあげられないというジレンマが生じてきた。そのため、「普通の人のエコロジー」を「エコロジーオンライン」と名前を変え、NPO法人として体制を整えることで、各々の地域での活動しやすくすることを考えた。その結果、いまのエコロジーオンラインが生まれることになる。
その旅の途中で地域通貨の導入も図ったりした。だが、国境さえも越えてしまった団体にとって、「地域通貨」というものの導入は、かなり難しいものがあった(いまから考えると当たり前なのかもしれないが・・・)。「地域通貨」という経済っぽいやり方を導入したことで、「善意」の部分で参加された人に誤解が生まれ、エコロジーオンラインから離れていく人もいた。(「環境」というものをテーマにし、会員が大きく地域を超える場合、モノや通貨をムダに流通させることを考えると、逆に地球温暖化などの問題を押し進めることにつながるかもしれない。それよりはエコロジーオンラインの仲間としていることで、それぞれが必要な情報を得たり、ネットワークにつながったりすることで十分なのかもしれない。失われてしまった地域のつながりをとり戻す能力を秘めている地域通貨の長所は認めつつも、「あまり無理して使うこともないのかな〜」というのがエコロジーオンラインの現状なんです)
5年を経た現在、エコロジーオンラインの立ち上げの時にボランティアをしてくれた人は、そう多くは残ってはいない。こちらも不器用だったし、一度も顔をあわせないままで仕事をすること自体、まだ無理だったのかもしれない。(メールだけだとちょっとした誤解がほどきづらいんですよね〜。みなさんもメールを出すときにはくれぐれもご注意を!)そうしたデジタル社会の脆弱な部分については、全国の仲間と顔を合わせて交流することで補うことを努力する日々なのです。
さてさて、これまで「普通の人のエコロジー入門」ということで半年にわたって原稿を書いてきた。普通の人、普通の人と言いながら、こういう連載を続けていること自体、普通の人じゃないな〜(笑)という感じもしてきてしまった。
そこで次号からは、全く違った連載内容に変えようと思っている。
名づけて「目指せ!エコビレッジ」。
エコロジーオンラインは、「しあわせのコットンボール」というプロジェクトを通して、3年にわたってオーガニックコットンの栽培を行ってきた。そのプロジェクトが来年、オーガニックコットン栽培だけはなく、手づくりの工房づくりやバイオマス系のプロジェクトにまで進化しようとしている。北関東という自然環境のなかで、日本の独自の伝統文化を守りつつ、再生可能なテクノロジーも導入して行くプロジェクトになる。今後は、水、大地などの自然を守りながらゆたかに生きるライフスタイルを模索する旅のご紹介をしていこうと思う(ボクが一番やりたいことはこれなんですよね、ホント)
拙い文章を読んでくれたみなさん。最後までどうもありがとうございました。
まあ、これからもあんまり偉そうなことは言わず、あっちにぶつかりこっちにぶつかり、みなさんとともに明るく、楽しいエコロジー発信を目指して歩んでいきたいと思います。エコビレッジで出会うときは気軽に声をかけてください。その時は“手つむぎおじさん”としてみなさんをお迎えしたいと思ってます。(マジでいま、コマで糸を紡ぐやり方にはまってまして、これが結構楽しくて・・・)

普通の人のエコロジー入門
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上岡 裕 (カミオカ ユタカ)
1983年4月、国際基督教大学卒業後、(株)ソニーミュージック・エンターテインメント(SME)入社。在職中は大江千里、エレファントカシマシなどの宣伝を担当。91年4月、SME退社後、フリーライターに。1991〜1992年にかけ、アメリカ西海岸バークレー市に滞在。インターネットに出会う。1999年5月、インターネットメールマガジン「普通の人のエコロジー」創刊。2000年3月、エコロジーオンラインを創立。
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