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ハッピーなライフスタイルを探して
エコ-フレンドリーリビング
vol.8
今を生きる〜アフリカ、マラウィ共和国の農村に暮らす人々

もう去年のことになってしまったけれど、2005年10月03日号のエコロジーオンラインで、【ケニア発/地球温暖化による最大の犠牲者はアフリカか】という見出しのニュースが流れました。このニュースの内容は、アフリカなどの貧しい発展途上国では、地球温暖化への関与が最も低いと考えられているのにもかかわらず、長期的に食糧危機が続くと科学者らが同年9月末に発表、というものでした。当時、地球温暖化の影響と思われる気候の変化で、すでに05年6月の時点でWFP (国連世界食糧計画)は、アフリカ全土で頻繁に起る干ばつが原因で、農作物の収穫に影響が出始め、数千万人が飢餓に直面するであろうと予想していました。
この状況のもと、ワタシはNGOの活動に参加して、去年10月に2週間、東アフリカのマラウィ共和国へ実地調査に行きました。

アフリカなんて遥か彼方の国。まして『マラウィ共和国』なんて、聞いたこともないという方も多いでしょう(かく言うワタシも行くまで知らなかったくらい…)。マラウィ共和国は、隣国にタンザニアとモザンビーグという大国を置き、国の面積は日本よりも小さく、その大きさは北海道と九州を合わせたくらいです。人口は約1,100万人(2003年世銀調べより)、その半数がキリスト教徒であり、他はイスラム教徒と地域の伝統宗教徒です。話す言葉はチェワ語と英語。アフリカ大陸の国々が欧州の植民地だったように、マラウィも1891年から英国の植民地でした。英国から独立したのは1964年のことです。

この国に限らず世界の最貧国のほとんどが、アフリカ大陸の国々です。アフリカの国の多くが、欧州各国の植民地からの独立後の内政干渉を受け、内戦、南北格差、貧困、人種差別、グローバリゼーションなどなど、独立してからも行く途が厳しく、20世紀の後半にはHIV/AIDS人口の増加が悪循環に拍車をかけています。―――アフリカの問題について、アフリカ初心者のワタシはあれこれ言える立場にはいません。ただ、食糧危機という問題がなぜ起きるのか、それについてはちょっと垣間見たような気がしました。

調査のインタビューで話をしてくれた80過ぎのおばあさん(齢80まで生きてらっしゃるのは、ほんとうに凄い)は、自分が若い頃は、こんなふうに干ばつと集中豪雨は頻繁には起らなかった、と言っていました。

アフリカの国々では、貧困のため灌漑設備もままならず雨水に頼った農業です。木彫りの土産物の生産や調理用の炭利用などによる必要を超えた無理な樹木の伐採や、気候変動によって引き起こされる干ばつと集中豪雨などの極端な天候パターンが農作物の不作・凶作を招き、食料不足の原因を作り出します。そして収穫の少なかった年は、翌年の収穫の源になる種さえも食糧にまわすことになり、翌年の収穫にも影響を及ぼします。このような地域では、一度食糧不足に直面すると、回復するまで3〜4年かかるといわれています。そしてマラウィでは、前回は02年に食糧不足が起きた、とも聞きました。けれども、今年起きた食糧不足は、その比ではないと、農村に暮らす人たちは口々に言います。

右)別の村で。川だった場所に水汲みに来ていた女性たち。川沿いに生える大きな広葉樹の根元を掘って水が沸いて来るのを待ちながら雑談中。村長は「乾季に川が干上がっても、この村ではこの樹があるから水が出る。この樹を絶対に伐ってはいけない」と。

ここ2〜3日はメイズ(トウモロコシの粉。マラウィ人の主食)を食べていない、という農村に暮らす人たちの声。村に流れる川に依存する暮らしで、渇ききった川の痕を見せてくれる村長。それらの村から車で小1時間も走れば、中心部。そこには南アフリカ資本の巨大スーパーやらハンバーガーショップがあり、賑わっています。露店で土産物を売る若者が、いちいち声をかけてきます。街に人は溢れ、道には車が往来し、大音量のアフリカンミュージックが通りを覆っています。―――ここにいる人たちは同じマラウィ人です。都市部で生活できる人(裕福なのは一部だと思いますが)と、そうでない人と。都市のなかでも明らかに貧富の差があります。このギャップ(ギャップのなかに潜むギャップ)に、乾季の強い日差しも相まって、クラクラすることもありました。

とある村で調査をしていた時のこと。通りを挟んだ小さな建物から、数人の歌声が聴こえてきました。楽器の伴奏はなく、ただ声だけ。乾いた風にのって、かすかに聴こえました。

何が彼らを唱わせるんだろう? なぜ唱うんだろう? 帰り道、考えました。と同時に、“今”を生きる、ということも強く感じました。先を不安に思ったり、過去の喜びに浸るではなく、今を生きるしかない人たちがここにいる、と思ったのです。どこにも行けない、目をそらせない、今の“ここ”しかないという。調査を終えて帰国して4ヵ月以上が経とうとしていますが、あのときの歌声は忘れていません。そして、思うのです。その“今”が脈々と続いていくのが暮らしであり、ワタシたちの根本を成す部分なんだ、ということを。それは、世界中、どんな状況でもみんな同じなんだ、ということを。

2006年2月、マラウィ共和国は雨季に入り、農作業の時期になりました。この時期に蒔く種はあるのか気になります。

マラウィ共和国飢餓支援について

◇ 情報は…
   国連 世界食糧計画(WFP)  http://www.wfp.or.jp/

◇ 寄付、詳細については…
   国際NGO 日本民間協力会(NICCO)
   「NICCO アフリカマラウィ飢餓支援キャンペーンについて」
   http://www.kyoto-nicco.org/southernafrica.htm


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イノウエ*アキコ

スキューバダイビング専門誌の編集を経て、情報誌などの制作・編集に関わった後、1999年10月に渡豪。タスマニアで環境保全、オーガニックを学んだ後、パーマカルチャー【永続的かつ自給自足な生産を可能にするためのランドスケープデザイン】を修める。2001年8月から04年2月まで周期的にヴェトナムでNGOの活動を通してパーマカルチャーを実践。東京在住、雑誌を中心にペーパープリンティングの編集・ライターに携わる。






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マラウィで一番ポピュラーな食事ともいえるメイズ料理。左ある白い塊がトウモロコシの粉でできているメイズ。豆を煮たものと葉もの野菜を煮た付け合わせで、手でとって食べる。左にあるのは指を洗うように水をはった容器。これがセットで登場

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村を訪問して村民へのインタビュー調査に協力してくれた人々。乾季は農閑期でもあるので、老若男女問わず協力してくれてた。子どもがほんとうに多く、乳幼児もこれから出産を迎える妊婦の数も多かった

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町でサッカーをして遊んでいた子どもたち。ほぼ全員、靴をはいていなかった。確かに暑いし土埃がすごいので、靴をはいてもはかなくて同じかもしれない

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上記の子どもたちは、カメラを向けると無邪気に喜ぶ。マラウィの人はシャイだけれど優しい。こちらから挨拶をすれば挨拶で返してくれる(もちろん中には、ただ見つめ返す人も多い)

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乾季もあってカラカラに乾いている大地。ここには耕耘機などないから、人々は鍬とも鋤ともつかないプリミティブな道具ひとつで、土を耕す。雨季がやってきても、集中豪雨が襲えば蒔いた種は流されたり、若い苗木は傷んだり。の彼が必要としているものは何だろう

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水汲みに来ていた女性の背中でぐっすり眠っていた赤ちゃん。「写真を撮ってもいい?」と聞いたら、はにかんでうなずいてくれたお母さん。すごく良い寝顔です。

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いっぽう街のなか。露店の靴売り。路上とはいえディスプレイに気をかけているのがわかる。靴を必要としているのは都市部に暮らす人々か


 



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