| 白井貴子の『地球と仲良くね!』-03-2 Page-2

初日は小山だったゴミも、最終日にはこーんな大山になりました。皆、よく食べるからねー。
余談ですが、ちょうど今、アルバムのレコーディング中なんです。その内容がズバリ今回はロンドンなんです。なぜかという話はまた後日お話します!なにせ人生ウン十年、音楽遍歴25年の私ですから(笑)、その理由も自分でもいやになるほど長いんです!まーいつか聞いてやってください。
そしてわが国、日本のアーティストでは「Lightning Bluse Guiter Sessions」のライブがほーんと素晴らしかったです。チャーさん、チャボさん、日本を代表するギターリストが勢ぞろい!しかもリズム隊があちらの方だったんですが本当に素晴らしい!マーバラス!ご機嫌な演奏だったんです。
ライブが進むうちにわかってきたんですが、それもそのはずブルース好きが高じてニューオリンズに住んでしまった、山岸さんというやはり知る人ぞ知る日本のブルースギターの方がニューオリンズからわざわざ呼んできたミュージシャンだということがわかり、こんなリズムセッションを日本で味わえるなんて「なーんて幸せ!」と大感激でした。
フジロックは日本のミュージシャンにとってもかなりビートが大陸型に向かう大きなきっかけを与えていると思いました。特に今の若い子達のビートがその昔より俄然リズムが上向きでグルーブが利いてる!これはもの凄い進歩です。これこれこれ!これですよ!
私が口を酸っぱく20代の頃からバンドのメンバーに要求していたのは、このグルーブなんだよねー。
4畳半フォーク控えめビートはもううんざり!そこにいかなきゃイヤだったんです!ヤッホー本当に生かしてます!
また、この3日間でフジロックのプロデューサーの日高さんともお酒を飲みながら久しぶりにじっくりお話できたのもとっても良かったです。毎晩ライブの終盤になるたび皆が何故か集まるほっとするテント、地元の皆さんがやってらっしゃる居酒屋さんで、フジロックのこれまでのこと、また地元の方々の協力あってこその現在の話も色々と聞くことができました。
最初の頃はお客さんが盛り上がりすぎてライブが中断したり、大雨でライブどころじゃなくなったりと本当大変なことも多かったそうです。でも諦めることなく続けてきたからこそ、今があるんですよねー。
16年前のあの頃、始めてロンドンでお会いした頃、まさにロンドンで夢描いていたことを、彼はこの日本でフジロックというイベントとして現実しているんだ!
とあらためてその規模の大きさを前にものすごい想像を絶する信念と執念だと感動する思いでした。
一方、16年前の私は日高さんとは全く正反対に日本でズタズタに疲れ果て、日本のロック、もっというなら私が目指していた女の商業ロックの限界とでもいうのか、そんなビジネスの力に押しつぶされそうになっていて、でもとりあえず、音楽を嫌いになってしまったら自分は生きてゆけない!と、純粋に愛する音楽を確認するためにロンドンへ行っていた頃でした。
だからきっと同じ時期、見ていたであろうレディングのライブやウェンブレーアリーナのライブもお互いきっと随分と当時は違って見えていたことと思います。
あの頃の私は「日本でこんな自由な洋楽の空気感は決して作れない、あり得ない!」と夢を少し諦めていて、日本の音楽界、またそれに操られるように右向け右の消費者に対してかなりかなり批判的でした。そんな中、日高さんはロンドンで私に
「好きなことをすればいい!」って言ったんです。私はあのメキシカンレストランでテキーラ飲みながら、
「そうしたいのは山々だけど、そんなことしたら、またますます私は売れなくなる!日本で好きなことやってビジネスとしても成功するなんて、私の理想とする音楽ではありえない!」と念仏のように思っていました。
だからロックだ、イギリスだ!なんて思いは全て捨てて、自分の国を、自分の体の中を流れる血をもっと冷静に認めなければ私はこれ以上浮かばれない!とロンドンでやっと気づき、日本に戻り、血を入れ替えるような思いでひたすら日本語のことだけを考えて再活動しました!
そんなお互いまったく違う道だったようなこの16年、そして16年ぶりの日高さんとの再会だったんですが、なのに今度はフジロックの会場で
「好きなことをしたほうがいいよ!」ってまたしても同じ言葉!
「凄いなー。このコンサート自体が好きなこと。そのエネルギーがなせる業なんだ!」とつくづく感心しちゃいました。
でもそんなデジャブーのような会話の中、何よりこの苗場で16年前のロンドンとは明らかに違っていたことがありました。それは今の私がもうあの時の私ではないということ!心も体も共にめちゃくちゃ元気で昔のような悲惨な疲れは微塵もない。しかも白井貴子も音楽暦、早25年!ここまでくるともうとさすがに「もう、好きなことやらせて!」というモード、時代に入っている!だから初めて日高さんの言うことに素直に納得できました。
それを思うと今こうして16年ぶりに再会したことは私にはとても必然のように、少なくとも私にとっては自分の音楽人生の中でもう一度確認しなくてはならなかった大切な瞬間、貴重な会話でした。
「一度しかない人生、あまり成績を気にせず、好きに楽しくやろう!」と
自分のできることを身の丈で再度コツコツやり始めて10数年、そこに日本も外国も関係ない大自然の中でのフジロックという場所に出会った。ロンドンで全てをうらやましく感じていた環境を、日高さんが日本で作ってくれて、私にも与えてくれた!本当に感謝感激!
感慨深い夜でした。
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