「都会でも、思いのほかいろんな鳥がいるんですよ。心と目のチャンネルを少し切り替えると、今まで見えなかったものが見えるようになります」と言うのは、鳥類やその生息地の自然保護をとおして環境保全に貢献する国際組織、バードライフ・アジアの代表を務める市田さんだ。
珍しい鳥がいると聞けば可能な限り現地に飛び、日常でもさえずりや姿を無意識のうちに確認してしまうほど鳥が好きな市田さん。鳥との最初の出会いは、子どものころ訪れた多摩川だという。カモ、サギ、セキレイ……冬にもかかわらずたくさんの鳥が川辺で羽を休めている姿を見て、驚き、感動したことからだ。今まで存在にすら気づかなかった鳥たちが、急に輝いて見え出した瞬間だった。
バードライフ・アジアは、1922年にイギリスで発足した国際鳥類保護会議(1994年にバードライフ・インターナショナルへ組織改変)のアジア部門で、日本をはじめ、タイ、インド、パキスタンなど14カ国の主要環境NGOが国際連帯組織を形成している。
「近年、日本に渡ってくる鳥が激減していますが、渡り鳥というのは、一つの国で保護していても、渡った先で食用にされたり、森林伐採で繁殖地を失ったりして守ることが難しんですね。だから、国を超えて協力していかなければなりません。“国際協力”というと難しそうですけど、実質的な経済メリットのない鳥を介することで、国際間の協力も意外とスムーズなんですよ」。
共通の危機感をもって取り組んできた数々の活動は、アジア地域の鳥類レッド・データブックの作成や、絶滅が心配される種の保護や周辺地域の振興など、有形無形の多くの成果を挙げてきた。
鳥を守ることは、彼らの生息する緑、すなわち自然環境を守ることでもある。世界規模での環境破壊が進む今、その実態や生物多様性をはかる指標として鳥類が注目を集めているそうだ。
「地球上の食物連鎖の頂点は猛禽類(タカ目、フクロウ目などの鳥)とほ乳類ですが、ほ乳類は夜行性のものが大半で行動調査がしづらいんです。その点、鳥は、広範囲に分布していますし、専門家も多い。また、主に昼間活動するため調べやすいですから、世界共通のもの差しになるんですね」。
大型の鳥類の多様性を調べれば、その餌になる小鳥や小動物の多様性、さらには昆虫や植物のそれも容易に知ることができるというわけだ。
鳥類の生息個体数を見て生態系の健全さを知るこの取り組みは、IBA(Important Bird Area:鳥を指標とした重要自然環境)調査といい、調査結果はEU環境政策の基礎資料に用いられるほどにデータとして信頼されている。そして、このIBA調査を基にした自然環境保全地区の選定・保護活動は現在、国を超え、世界規模で展開中だ。
このようにグローバルな環境指標として評価されている鳥類だが、現在、1200を超える種が世界で絶滅の危機に瀕している。そのうち4分の1がアジアに生息しているといい、このことはそのまま、アジア地域の自然破壊が激しいことを物語っている。また、世界中の生き物の約半数が熱帯雨林に生息していることからも、鳥類に限らず、生物全体にとって、世界の熱帯雨林はやはり守っていかなければならない重要な地域といえるだろう。
そんな中、東南アジア地域における日本の役割は大きいと市田さんは言う。
バードライフ・アジアの活動のひとつに、アホウドリを中心とした海鳥の混獲(こんかく)防止がある。マグロ漁の際、海に放つ延縄(はえなわ)の針に付けた餌を飲み込んだ海鳥が、そのまま海中に引きずられて溺死してしまうのだ。このようにして混獲される海鳥の数は世界で年間30万羽にもおよび、絶滅の危機に瀕している種も少なくないのだそうだ。
鳥類保護の観点からだけでなく現場の漁師たちにとっても深刻なこの問題は、昨今、世界中で注目されつつあり、マグロの大量消費国である日本への批判も高まっている。
そんな中、日本では、延縄を投下する漁船後尾に吹き流しをつけるという形で対策を取ってきた。風にはためく吹き流しに驚いて海鳥たちが近寄ってこなくなるという、単純だが効果絶大なこの仕組みは、“とりポール”と呼ばれ、今や世界共通の名称として受け入れられるようになったほどだ。
「日本でもすばらしい取り組みをたくさんしているんです。自分たちのしている行動をもっと積極的に世界にアピールする仕組みも、バードライフ・アジアがお手伝いしてどんどんつくっていきたいと思います」と、少し誇らしげな表情を見せる市田さん。
ほかにも、小型の送信機を開発して鳥たちの渡りルートを人工衛星の追跡で確認するなど、日本の企業や政府がいろいろな形で携わって活動を展開している事例は数多くある。それらの取り組みを、時には先導し、時には潤滑剤となって進めていくことこそ、バードライフ・アジアの役割だと市田さんは考えている。
「日本の国際協力は、机上での議論に費やす時間が長すぎます。大事なのは、小さなことでもいいので、まずは行動を起こすことですよ」。
まずは行動を起こしてみる。鳥という一石を投じることによって波紋が広がり、それが国を超えて伝播して大きなうねりになることを身をもって経験してきた市田さんの言葉は、私たちの胸に響く。個人として、私たちにどんなことができるのだろう。
「普段気づかなかった鳥を見つけて、おっ、と思う。名前なんか知らなくても、きれいな鳥だな、いい声だな、と思えばそれでいいんです。それが、環境問題に向き合うための楽しい窓口になればうれしいですね」と、市田さんの顔に穏やかな笑みが浮かぶ。
国境を持たない鳥たちが、私たち人間の“国”という垣根を取り払ってくれる。市田さんの、鳥を通したグローバルな環境保護への取り組みは、これからも、青空へ向かってさらに大きく羽ばたいていくことだろう。
空を仰ぎ見る市田さんの視線の先に、一瞬、大空を優雅に舞う鳥が見えた気がした。
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