2006年3月。東京に2回目の雪が降った翌日、都会の真ん中赤坂で石垣金星さんに会った。西表島生まれで西表育ちの金星さん、天然絹の色のままに織られた衣に身を包み、3月の冷たい風が吹く都会の空の下で微笑む。その姿は少し小さく見えた。ところが、西表島での様子が描かれている映画『地球交響曲(ガイアシンフォニー)第5番』に夫人、石垣昭子さん(草木染織家)と一緒に出演している金星さんは、とてつもなくかっこいい。人間は、土着な生き物だな、土と離れては生きていけないのだな、とかんたんに納得できるくらい、西表島にいる金星さんは、力強く逞しく、そして尊い。
金星さんは、ふだん西表島で昭子さんと一緒に染色織物工房『紅露(クール)工房』をやっている。「27,8年くらいやってる。染色用に藍を育てたり、山に染料植物を採りに行ったり。染めもやる」。朴訥とした語り口調ながら「外の仕事、力仕事。力仕事は男の仕事だから」と、かっこいいことをさらりと言う。天然繭のシルクで織られた衣から出た金星さんの手は、何十年も島の土と風と太陽にさらされてきた、生きている手だ。「染料植物は、栽培できるものと栽培できないものとがある。藍は栽培しないといけない。それ以外のクールとか植物染料は自然にしかない、山でしか育たないものある。人間が栽培できないものもある。そういうのは、自然の山に自生しているものを採ってくる」。そんなことは当たり前と、金星さんはつぶやく。
その金星さんに染色のことを聞くと、瞳が輝き出す。「染めは、夏にする。天気が良くて太陽と風がさわやかで、一番いい時期に染める。一番いい色を出すのには、太陽と風が大事。あときれいな水。一番いいのは南風が吹くときが一番いいね、さわやかな風。太陽の光は、度合いによって発色する色が変わるよ」。
自然条件によって色が変わる。同じ色が出ることはなかなかない。そこが自然の植物染料の良いところなんだよ、と言う。「化学染料だったら、ばっちり同じ色が出来るんだろうけど、自然の色っていうのは、なかなかそういうことはないね」。工房の名前にもなっている『クール』というのは、タロイモの仲間だそうで、西表島と石垣島にしか生えていない。東京で染めても、光沢のあるようなクールそのものの色は出ないと、金星さんは言う。「色というのは正直だから」。
沖縄といえば、三線と唄、伝統音楽。各島にはさまざまな行事があって、それに合わせて唄と踊りと三線があると聞いた。西表島もそれは同じ。生活の一部なんですねと相槌をしたら、「『生活の一部』じゃなくて、『生活』なんだ」と、金星さんにやんわりと訂正された。例えば、西表では2月から田植えが始まる。種を蒔いたり田植えをしたりする時期から、三線といえども楽器は演奏しない、手拍子も控える。そうしないと、芽がびっくりして出て来てくれないから。「芽が出て稲が育って穂が出て実る、初穂を刈り取って神様にあげて、『ありがとう』と言う、その日から三線を引き始める。そこまで引かない。家で稽古する場合も大きな音を立てない。祝い事はそういう時期はやらない」。
そもそもは、島の唄と楽器は別ものだった。三線などや琉球王朝時代の役人が使う楽器だった。「島の唄は、庶民のもの。庶民の楽器は、最初はこれ。これが楽器」と手をパンパンと叩いた。「歌詞は神様への祈願の唄だからね。全部願いの唄。田植えのときには『実りをください』っていう、だから大きな音をたてない、手も叩かない。唄だけで願いをする。手を叩いたり、三線が入ったりするのは、『おかげで立派なお米ができました、ありがとうございます』っていう時。手を叩いて三線も引く、喜びの感謝の唄になるわけ。基本的にはお願いの唄と感謝の唄。その中には、踊りが入ったりする」。だからね、と続けて「唄も踊りも生活そのもの。全てそのなかの大事なものだから、遊びじゃない。一番大事なこと。生活のなかで大事なものなんだよ」と、優しく力強く言った。
台風が来たら、家の中でおとなしくしている。フィリンピン沖で生まれた台風は、西表島に到着するころにちょうど大きくなり、速度もゆっくりになる。本州に上陸するような台風や熱帯低気圧の比じゃない、その威力に、島に暮らす人々はなす術もないという。「外なんか出ないで、家で静かに三線をひいているんだよ」と笑う。
現在、島には信号機が2つある。車は多いが、滅多に赤信号になることはない。昔は、山へ行くにも、田植えに行くにも舟を使ったという。山から琉球松を切り出し刳り貫き、作った舟で、海に注ぎ込む川を上り、上流にある田に向かった。舟でないと行けない場所がある、山には車で行けない。「島の人は車より舟を大事にしている」と話す。「基本はお米を作って、夏になると海で魚を釣って、冬になると山の仕事をして。全てやっていた」と海の男であり、山の男でもある金星さんは誇らしげだ。
「潮の満ち引きに合わせて山に行ったりするし。植物の花が咲いたりして、それで染色や織物がある。だから人間は、自然のサイクルに合わせて仕事をする」。金星さんは、島の暮らしを人間中心じゃなくて、自然のサイクルに合わせたものだと言う。そういう自然のサイクルに寄り添った暮らしがあることを知ってほしいと、エコツーリズムという形で広めようとしている。「自然のサイクルに合わせて暮らすことは、むずかしいことはない」と、目を細くして笑った。その暮らしから、これからを生きる私たちは学ぶことがたくさんあるかもしれない。
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