「朝早くに訪れると至福の時です。さえずりが降ってくるようなんですよ」。遠藤さんにそう聞いてから、訪れたかった土地がある。那須連山の山麓、田園地帯にほど近い那須野ヶ原の森だ。実現したのは6月下旬。訪れた時間は昼に近かったが、木々の梢を多くの野鳥が渡り、森はさまざまな野鳥のさえずりで満ちていた。
ここにはオオタカ保護基金が寄付金などで購入したトラスト1号地、「那須野ヶ原オオタカの森」がある。面積は1haほどにしか過ぎないものの、79haの国有林と隣接しているため、面積の何十倍もの価値があるという。2004年には国有林について、塩那森林管理署との間で協定が結ばれ、環境教育や野生動植物の保護エリアになった。以来、オオタカ保護基金が保全や管理に携わっている。
オオタカは環境を物語るシンボル
遠藤さんたちの活動へと話を進める前に、「なぜオオタカなのか」に触れておく必要がある。環境問題に敏感な人なら、オオタカが乱開発の抑止力として、大きな力を発揮していることを知っていると思う。現実に環境アセスメントで生息が確認されて、保護策を求められる所が多い。その理由を遠藤さんはこう語る。
「ワシタカ類は自然界の食物連鎖の頂点に位置しています。特にオオタカは人が住んでいる地域のちょっと外側にいるし、行動範囲も広い身近な猛禽類です。だからオオタカを指標にして彼らの生息環境を守ることは、地域の特徴的な自然や、健全な生態系を保護することにもつながるし、人と自然の共存を考える上でも大切なんです」。
つまり、オオタカは里山の環境保全の大切さを多くの人に伝える上で、とてもわかりやすいシンボルなのだ。
密猟監視から始まったオオタカとの縁
遠藤さんとオオタカとの接点は、大学時代にさかのぼる。
「オオタカが特に好きだったわけではないんです。日本野鳥の会栃木県支部の会員で、那須野ヶ原でオオタカを観察する人がいました。その人がヒナの密猟に気づき、監視活動が始まったんです。そのときにたまたま時間があったので関わったのが最初です。その後も活動に関わる中で、オオタカだけを守るのではなくて、オオタカが住める環境を守ることが重要だと感じたんです」。
大学の卒業後、一時は就職も考えたというが、栃木出身の同級生と学生結婚していたことや、進路を相談した人たちの助言が、遠藤さんの人生を決めた。
「鳥がいて山がある自然が豊かなところで生活したかったんです。卒業するとき、オオタカの映画撮影を手伝った動物映画会社の社長さんから、やりたいことがあったらやった方がいいよと言われました。一緒に活動をしていた会社の経営者の方からも、ウチの横の空いている土地で学習塾をやらないかと言われました。そういうささやきがたくさんあったのと、楽観的な性格も手伝って、夜は塾で働いて、昼間は好きな鳥の調査をすることにしたんです」。
以来、昼間は那須でオオタカを調査し、夜は近くの塾で仕事をして、それから宇都宮の自宅に帰る生活を8〜9年ほど続けた。やがて時代の風向きが、遠藤さんらを後押しする方向に変わる。社会がオオタカなどの調査活動を必要とし始めたのだ。
「最初、オオタカは社会的にそれほど重要視されていなかったし、調査は一銭にもなりませんでした。でも15年ぐらい前かな。野鳥調査のような仕事が入るようになったんです。それで一時は仕事にはならないけれども保護や学術上重要な調査、仕事としての調査、それと塾経営の三束のわらじを履いていました。一番やりたいのは調査保護活動だったから、塾の仕事を徐々に減らして活動だけに絞り、オオタカ保護基金を設立しました。今では私たちがやってきたような調査を提案すると仕事になるんですから、わからないものですよね」。
偶然、時流に乗ったように語るが、早くからオオタカが生息する環境の大切さに気づいていた遠藤さんには、先見の明があったのだろう。これまでに調査を通じて積み重ねてきたデータは、環境との共生が不可欠ないま、かけがえのないものになっている。
野鳥の生活に合わせて活動する日々
現在、オオタカ保護基金の活動の柱は数本ある。筆頭がオオタカを中心としたタカ類の基礎的な調査だ。
「生態がわからなければ、どう守ればいいかもわからないので調査は大切です。しかし保護活動が中心だから、基本的には開発のためのアセスメント調査や、開発を後押しするような調査はやらないことを主義にしています」。
生息地域の保護にも取り組んでいる。トラスト活動により生息地の土地を確保するほか、開発予定地では、共存できるような案を提案することもあるという。また、若干だが現在も問題になっている密猟対策にも取り組んでいる。
そのほかにも自然の素晴らしさを知ってもらうために、環境教育プログラム、「那須野ヶ原自然教室」を開催したり、子供たちとの保護活動を通じて、保護に携わっていく次世代を育てる活動を行うなど、遠藤さんの一年はあわただしい。
「野鳥の調査は、鳥の1年の生活に合わせて行います。だから繁殖期の4〜7月が特に忙しくて、9〜10月になると時間ができて休めるといった感じです。鳥の生活に合わせて、生活設計しているようなものですよね」と笑う。
自然界が相手だから、天候や災害に苦戦することもあるだろう。講演などで全国を飛び回る日々もきついはずだ。しかし、過去を思い出しながら語る遠藤さんの言葉からは、つらさなどは微塵も感じられない。
インタビュー中、ひとときも止まなかった野鳥たちのさえずりは、遠藤さんたちへのエールのようだと感じながら、那須野ヶ原の森を後にした。
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