
いったんあき津亭に戻り、摘んできたばかりのコットンで今度は「綿繰(わたくり)」を行います。綿繰とは、コットンとタネを分ける作業で、町田さんのところでは江戸時代に使用していた原始的な機械を使用しています。当然手作業。コットンをはさみ、くるくるとハンドルを回していくとうまい具合タネだけを残してコットンを外に出していってくれます。単純だけど、キコキコ鳴る音を聞きながら回すのはなかなか楽しい体験でした。
一通り綿繰り体験をしたところで、あき津亭とは別れ、一行は渡良瀬遊水地に向かいました。渡良瀬遊水地はあき津亭から車で10分ほどのところですが、関東平野の真ん中にこんな広大なヨシ河原があることにまずすごく驚かされました。湿原としては釧路湿原に次ぐ広さで、尾瀬ヶ原の2.5倍もあるのだそうです。
今では一部がレジャーパークやゴルフ場として開発されていますが、元々はこの全部がヨシで覆われていたのだそうです。700種類の植物、230種類の鳥、1600種類の昆虫に40種類もの絶滅危惧種が生息するという自然環境。かつて足尾銅山の鉱毒事件が起き、鉱毒を埋めるために当時の政府がこの遊水地を造成したという事実は、一見するとわからないほど美しい景色です。町田さんの案内でヨシ河原の中を歩くこと10分ほどで、「旧谷中村」という看板の立つ所に辿り着きます。(ヨシは背が高く、4〜5メートルにもなるので、ヨシ河原に入ると本当にヨシしか視界に入らず少し怖い感じがします。) ここは、1906年に遊水地の造成のために埋められた村で、かつては川が氾濫したら魚を獲って売りさばき、粘土質の土でレンガを製造して東京に納めるなど、洪水と共存した「やまずめぐる」暮らしを営んでいたのだそうです。意外にも、生活はこの辺りでは裕福な方だったそうです。その先には1989年に洪水調整池として造成された谷中湖がありました。谷中湖は、周囲を栃木、群馬、茨城、埼玉の4県に囲まれている地理に位置しており、このヨシ河原とはうらはらに高層マンションや大きな橋などが見渡せます。貯水池のほとりから見える光景は、普通に見ればなかなかきれいなものですが、ここに立ってこの景色を見ることができるのは遊水地が造られたためだと考えるととても複雑な心境。この土地にあるものを大切にして、自然とともに生きることを信念として生きてこられた話を聞いた後では、現代の「不自由ない」とされる「便利な」社会が、様々な貴重なものの犠牲の上に建てられた人間本位のものであることに他ならないと気づかされ、今歩いてきた土の下に埋もれた歴史の意味が、重く体にのしかかってきました。
一日めいっぱいエコロジーについて教わり、考えたツアーを終え、参加者たちはどのような思いをもったでしょう?何か考えるきっかけとなったことは間違いないと思います。一行は再び天ぷら油リサイクルバスに乗り込み、東京へと向かいました。またここに来たい、と思った方は多かったようです。
(レポート:イガ)
協力:渡良瀬エコビレッジセンター、エコロジーオンライン、日本財団CANPAN運営事務局
旅行企画/運営:リボーン〈エコツーリズム・ネットワーク〉
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