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デザイナーの加藤真治さんに
お話を伺いました。
文:温野 まき 写真:黒須 和彦
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加藤 真治 (かとうしんじ)さん
デザイナー、アーティスト、絵本作家。1948年、熊本県熊本市生まれ。商業デザイナーとして1970年代から活動を開始し、トートバッグ、Tシャツ、ファブリックといった多種多様な商材をデザイン・企画。多くのヒット商品を国内外へと送り出す。海外では、サンフランシスコの近代美術館MoMA併設のミュージアムショップや、パリのボンマルシェなどで販売され、人気を獲得。20冊以上の仕掛け絵本を学研より出版しているほか、2006年には、地球温暖化防止を訴える環境キャラクター「そらべあ」を制作し、ソニーマガジンズから絵本が出版され話題に。2009年秋に、ワコールからShinzi Katohブランドのパジャマが発売される。
ホッキョクグマの兄弟が泣いているわけ
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氷が割れて、母親と離ればなれになってしまったホッキョクグマの兄弟「そら」と「べあ」。兄弟の目からは、ひとしずくの涙がこぼれ落ちている----。
2006年、「そらべあ」は、再生可能エネルギーの普及を手がける東京都とエコロジーオンラインの協働事業「TOKYOソーラーシティプロジェクト」の環境キャラクターとして誕生した。本来は、プロジェクトのためだけのキャラクターだったが、"この涙を止められるのは、あなたです"というコピーと共に、地球温暖化を訴えるキャラクターとして絵本にもなり、一躍人気ものになっていった。
かわいいホッキョクグマの兄弟のキャラクターを産み出したのが、雑貨デザイナーとしても多くのファンを獲得している加藤真治さんだ。なにしろ、涙を流すキャラクターは前代未聞のこととあって、かなり物議を醸したという。
「僕にとっては、自然が壊れていくと、悲しい、涙が出る。というシンプルな発想だったんです」
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そう語る加藤さんは、熊本県熊本市の出身。豊かな自然は、そこにあって当たり前のものだったと、幼少の頃を振り返る。
「ガキ大将でしたね。とにかく遊び回っていました。小魚が小川で泳いでいましたし、蛍もいました。水は澄み切っているし...。いまではだいぶ変わりましたが、でも、水はまだ澄んでいるし、蛍もいます」
蛍を小さなカゴに入れて、枕元に置いて眺めながら眠りについたという。
「学校が終わったら蛍がいる小川に行って、夜まで蛍が出るのを待つんです。だから夜遅く帰ってくる。でも父親は怒らなかったですね」
熊本大学に勤務していたお父様は、加藤さんを商業デザイナーへの道へ導いた人でもある。絵を描くことと文章を描くことが好きだった加藤さんは、小学1年生の時に、すでにデザイナーとしての才能を見出されたのだ。
「父は、『将来は、商業デザインの分野が広がっていく』と言ってましたね。僕は、その中でも雑貨のデザインを手がけていくようになるんですが、とにかく最初は反発していたんです。だけど、だんだん大人になるにつれて感謝するようになりました。こうやって好きなことをして生きていけるんですからね」
「そらべあ」は自分の子どもみたいなもの
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加藤さんのお父さんの先見の通り、ちょうど加藤さんがデザイナーの道を進み始めた頃は、高度成長期と重なって、商業デザインの分野も大きく花開いた時代。特にキャラクター商品や雑貨は、急速に私たちの身の回りに増えていった。
「勤めていたときは、どんな作品でも売れればいいと言われたので、それがストレスでした。心の中ではどこか違うなと。だから、独立してからは、自分が本当に納得するものをつくりたいと思ったんです。流行じゃなくて、心に染み入っていくものをやりたい。そう思って創作し始めたら、不思議と世の中に僕の作品が広がっていきました」
こうして、数々の作品を産み出し、いまでは、ディズニーやサンリオからもコラボレーションのオファーが来るほどになった。
「でも、『そらべあ』はちょっと特別です。自分の子どもみたいなもの」
加藤さんがそう語るのには、「そらべあ」の果たしてきた役割が大きい。再生可能エネルギー普及のために「そらべあ基金」が設立され、キャラクター商品の売り上げが、幼稚園や保育園のソーラーパネル設置費用に当てられるからだ。そして、絵本『そらべあ』のストーリーは、「そら」と「べあ」が母親を探す旅に出るところで終わっている。
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「この1冊目は、最初にストーリーがあって、それに合わせて絵を描いたんですが、実は、ちょっと話が固いかな〜と思っているんです。なので、続きはもう少し楽しい話にして、みんなに地球環境のことを考えてもらいたいですね」
深刻な問題を深刻に伝えるのではなく、空想の世界で楽しく伝えて、多くの人に興味を持ってもらうことが大切だと加藤さんは考えている。
「温暖化によって、実際に、ホッキョクグマの生息範囲も変わっていく可能性がある。僕の構想では、『そらべあ』は絵本だし、物語なので、ホッキョクグマがアフリカへ行って動物たちと出会ったり、南極のペンギンと話したり、どんどん楽しくしていきながら、汚れた地球をなんとかしようねっていう話にしていけたらと。リアリティだけが、子どもたちを始めとする読者の心を引きつけるわけではないですから」
だいそれたことじゃない。自然を愛してくれればいい
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現在、「そらべあ」のキャラクター商品は、130アイテムほどにもなる。その一つひとつを加藤さんは監修し、信頼できる企業に商品化を託してきた。
「地球環境が壊れていきつつあるということを伝えるのが『そらべあ』の役割。それには、たくさんの人に広がって、みんなが楽しくエコに参加できるようなものにしていく必要があります。地球環境を守るための資金ができるような仕事をしたい」と、思いは明確だ。
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「温暖化や地球が汚染されていくっていう問題に対しては、僕自身は、いますぐ解決することができません。だから、小さいことだけど、いつも自分でできることをやればいいと思っていますね。本当はだいそれたことじゃなくて、みんなが自然を愛してくれればいいと思う。そうすれば、缶を捨てたり、ゴミを捨てたりはしなくなる。富士山のゴミの問題もそうですが、そういう一人ひとりの行動で、地球はずいぶんきれいになります。僕が20代の頃、もう30年も前ですが、仕事で度々、東京の五反田まで行く機会がありました。五反田駅から仕事場まで行く間に川があって、汚れていてメタンガスが発生していました。いつも、そこを通る度に心が重くて悲しかったんです。汚れた川は嫌いだって思う人が増えていけば、川はきれいになっていきます。地球も同じです」
きれいな地球に、生き物が共にくらし、みんなの笑顔がある。その笑顔をつなげていくのが「そらべあ」の役目なのかもしれない。加藤さんの愛情いっぱいに育まれたホッキョクグマの兄弟は、これから世界に向けて、果てしない旅へ出かけていくだろう。きっと、たくさんの友だちをつくりながら。
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