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Forward to 1985 energy life 言いだしっぺの野池政宏さんにお話をうかがいました。
取材・文/加藤 聡
撮影/黒須一彦
野池政宏(のいけ まさひろ)さん
1960年生まれ。住まいと環境社代表。岐阜県立森林文化アカデミー非常勤講師。大阪府立池田高校卒。岡山大学理学部物理学科卒。自立循環型住宅研究会主宰。暮らし向上リフォーム研究会主宰。NPO法人WOOD AC理事。ウッドマイルズ研究会運営委員。「野池新聞」発行人。著書に『省エネ・エコ住宅設計究極マニュアル』(エクスナレッジムック)など。
エネルギーに無関心でいられなくなった日本人
東日本大震災以降、問われはじめた日本のエネルギー政策。われわれ日本人はこれまで、自国のエネルギーについてあまりに無関心で、国や電力会社に任せきりだった気がする。しかし、福島第一原発の事故が起こってしまった今、もはや他人事ではいられない。おりしも8月26日、再生可能エネルギー法案が成立。これにより、再生可能エネルギー普及への第一歩を踏み出したわけだが、「住まいと環境社」代表の野池政宏さんは、エネルギー問題のほとんどが、原発と再生可能エネルギーという二項対立でしか語られないことに違和感を覚えると話す。
「再生可能エネルギーの割合を増やしていくことが大事なのは言うまでもありませんが、一方でこれまで湯水のように使われてきたエネルギーの使用を減らそうという話がほとんど出てきません。これからも今と同じの量の電力を使おうと思うから、『原発は必要だ』『再生可能エネルギーでは安定供給ができない』という議論になる。地球温暖化やピークオイル、エネルギー安全保障の問題を考えれば、今後将来にわたって同じ量のエネルギーは使えなくなると考えるほうが、むしろ自然といえるでしょう」
野池さんの主な仕事は、住宅分野の省エネルギーにつながる設計方法や住宅での暮らし方についての調査研究や提案、アドバイスを、建築関係者および生活者に行うこと。当然、省エネの計算はお手のものだ。重大事故を起こしてしまった原子力発電がなくなるに越したことはないと、原発事故のあと、原子力発電が不要になるための電力消費の状況を調べはじめた。
1985年のエネルギー消費生活に“進む”
「試算の結果、現在のピーク電力から20%を減らせば、原子力発電に頼らない社会にできることがわかりました。もちろん地域によって原子力発電の割合は異なりますので、細かい数字は変わってきます。しかし、まずは全体像を把握することが重要だと考えました」
そして現在のピーク電力の20%減となっていたのはいつ頃であろうと、電力消費の統計を過去にさかのぼっていくと、1985年頃が当てはまることが明らかとなる。
「1985年の生活に戻る? そんなの無理に決まっているだろう、というのが大方の意見かもしれません。しかも今は震災後。復興のためには多くのお金が必要ですから、経済の停滞は避けなければなりません。そう考えると家庭や住宅で減らしていくしかない。そこで、現在と1985年の家庭における電力消費量を比べてみたところ、約2倍に増えていることに気付きました。さらにはその家庭部門の増加分が産業部門での増加分とほぼ等しかったのです。つまり、日本のすべての家庭の電力消費(≒エネルギー消費)が現在の1/2になることで、産業部門の電力は維持しつつも、1985年と同じエネルギー消費が実現できるというわけです」
こうした数字が1つひとつ明らかになっていくにしたがって、「1985年の生活に戻る」というメッセージはインパクトがあり、面白い運動になるかもしれないと感じていた野池さん。試しに、これから家を建てたい施主さん向けの勉強会でこの話をしてみた。
「参加された方々は、電力やエネルギーの問題を自分たちの問題として考え、『私たちは何をしたらいいんですか!?』とすごく共感を持って聞いてくれました。そう、この省エネ運動の主役は私たちなのです。想像以上の手ごたえに、直感は確信へと変わりました」
このメッセージを広く伝えるために考えられたのが、「Forward to 1985 energy life」というキャッチコピーだ。
「正直に言うと、映画『Back to the Future』からのパクリです(笑) でも単に『戻る』のとはちょっと違う。当時はなかった高い省エネ技術や、伝統的な住宅の持つ技術や工夫を上手に組み合わせつつ1985年のエネルギー消費に進もうよという想いを込めて『Forward to』としました。この運動の最大のポイントは、いかに省エネにお金を使おうというムードを作れるかです。“しょうもないもの”にお金を使うのではなく“省エネ”にお金を使いましょうよと。そうすれば経済を回しつつ、消費エネルギーは減っていく社会の姿になります。その道筋こそが、自分たちにとっても、子どもたちにとっても、孫の代にとってもよいことだと思ってもらうことがまずは第一段階なんです」
目標達成のカギを握る、既存住宅の省エネリフォーム普及
9月17日には名古屋市で「Forward to 1985 energy life」初のシンポジウムとなる「2011秋の大集会」が行われる。当日は各界からの応援メッセージの紹介のほか、野池さんによる運動の説明、有識者・専門家を交えたパネルディスカッションを行い、家庭におけるエネルギー消費の見直しと省エネ活動の実施を呼びかける。まずはこのイベントをきっかけに、一般の人たちに「Forward to 1985」の周知を図りたい考えだ。さらに次のアクションとしては、現状、目標達成のボトルネックとなっている技術やコスト面の解決に着手する予定だという。
「太陽光発電を設置すれば手っ取り早く『1985』を達成できるかもしれません。しかし太陽光発電は、今ではなくても(後にもっと安くなってから)載せることができます。まずはしっかりと断熱をしたり、建物の周りにある太陽の光や熱、風といった自然エネルギーを活かす。これをパッシブデザインと呼んでいますが、そういったエネルギー消費が低く、快適な家を増やしていくことが大前提となります」
一方で、新設の一戸建ては年間80万戸程度。それに対して日本の住宅戸数は約5000万戸。これから建てられる住宅が消費電力&エネルギー1/2の『1985』仕様になったとしても、すべて入れ替わるには50年弱かかる。つまり既存住宅への省エネリフォームをいかに進めるかが、1985運動達成のカギを握る。
「省エネリフォームにおいて最も有効なのが断熱です。あまり知られていないのですが、天井に断熱材を入れるのってものすごく安く簡単にできるのです。30坪の家だったらたったの3万円程度。それだけで冬は暖かく、夏は涼しく過ごせるようになります。床はもう少しかかりますが、自分で床下にもぐって断熱材を敷けば大工さんに頼む必要もありません。そうなると課題は壁だけです。昨年リフォームした私の家では、現在開発中の簡易断熱にチャレンジしました。8畳の仕事部屋の壁と天井の工事にかかった費用はわずか20万円弱。当然、この価格ですから、一般的なリフォームのように、新築同様に仕上げるということはできません。しかし、低コストで快適な家に改修できるのであれば、多くの人はそこまでは望まないのではないでしょうか。建築のプロから見たら乱暴な仕事かもしれませんが、逆に私みたいな立場の人だからこそできる発想だと思います」
一般的には数百万円はかかるといわれる断熱リフォームが、ケタ違いの低い金額でできるということには驚かされる。5000万戸という数字を聞いた時には気が遠くなりそうだったが、このアイデアを聞いただけでも、一気に省エネルギー社会の実現に近づいた気がする。
地域・家庭から省エネルギー社会の実現を
「もう1つの展開として、全国の市町村に1名以上の“地域リーダー”=住まいの省エネについて具体的な相談ができる人を作っていきたい。パッシブデザインを活用した快適な暮らし方や省エネリフォームのアドバイスが行える地域リーダーの存在は、地域での1985運動を引っ張っていく力となるはずです。それには、地域の気候や暮らしがわかっていて、なおかつ太陽の光や風を省エネに活かす知恵を持っている工務店や設計事務所が担い手となってくれることを期待しています」
これまで、省エネや節電といったら、面倒・我慢という印象が強かった。しかし野池さんは、実に楽しそうに省エネを語る。一つの例として、「夏場の日中は雨戸を閉めて光を入れないほうが、部屋の温度を低くできる」という0円でもできる省エネ策を教えてくれた。
「省エネに使えるお金は人それぞれでしょうから、まずは出せる金額の範囲でやればいい。0円~50万円くらいの比較的低予算で取り組める省エネ策については、今後、HPなどを通じて公開予定です。地域リーダーに直接アドバイスを受けられるような体制も作っていきます。我慢を強いられる省エネは決して長続きしませんから、気軽に試してもらいたいですね」
景気を落とすことなく、究極の省エネルギー社会づくりを家庭から踏み出そうという「Forward to 1985 energy life」。まずは10年後に全世帯の20%となる、1000万世帯での目標達成を目指す。一世帯のエネルギー削減量はとても小さなものかもしれない。しかしその小さな省エネが集まることで、原子力発電に頼らない社会が実現できるということを、この運動を通して多くの人に知ってもらいたい。
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