未来のための選択と行動が見えてくる 映画『世界が食べられなくなる日』

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映画『世界が食べられなくなる日』のプロモーションのために来日したジャン=ポール・ジョー監督にお話をうかがいました。

 

 

取材・撮影:温野まき

ジャン=ポール・ジョーさん

国立ルイ・リュミエール大学卒業後、1979年より監督として多くのテレビ番組の制作を行う。1984年のCanal+(フランスの大手ケーブル放送局)の設立当初より、主なスポーツ番組の制作と中継を担当し、スポーツ映像に革命をもたらす。
1992年には自身の制作会社J+B Sequencesを設立。2004年自らが結腸ガンを患ったことを機会に、「食」という生きるための必須行為を取り巻くさまざまな事象を振り返り、『未来の食卓』を制作。フランスでドキュメンタリーとしては異例のヒット作となる。2010年、環境活動家のセヴァン・スズキを追い地球環境への警鐘を鳴らした『セヴァンの地球のなおし方』では、すでに遺伝子組み換え食品と原発の危険性を示唆。2012年、『世界が食べられなくなる日』を完成。

 

 

“遺伝子組み換え”と“原子力” 2大テクノロジーの大問題

 いよいよ6月8日(土)から渋谷のアップリンクで『世界が食べられなくなる日』が上映される。

 監督は、フランス人映画監督のジャン=ポール・ジョー氏。ジョー監督の『未来の食卓』(2008年)や前作『セヴァンの地球のなおし方』(2010年)は日本でもすでに各地で上映されているので、ご存知の方もいることだろう。切り口は異なるが、どちらの作品も“食”と“環境”という重要なテーマを題材にしたドキュメンタリーだった。

 そして最新作『世界が食べられなくなる日』では、前作『セヴァン…』でも示唆されていた、“遺伝子組み換え”と“原子力”に真っ向から挑んでいる。

 いま私たちの生活を脅かしつつあるこの2つの問題について聞いてみた。

 

「“遺伝子組み換え”と“原子力”には共通する問題点があると感じていました。まず、人間が管理できないということ。問題が起きたときに後戻りができないということ。それにもかかわらず、すでに世界中に拡散していることなどです。“遺伝子組み換え”と“原子力”は人類の未来を危険にさらす可能性があります」

 

 ジョー監督が、かねてから懸念していた“遺伝子組み換え”について衝撃の事実を知ったのは、前作『セヴァンの地球のなおし方』を撮影していた2009年だった。

 

「この映画に登場していたカーン大学(フランス)の分子生物学者ジル=エリック・セラリーニ教授が、ある日、聞いてほしいことがあると言うのです。内容は、教授が5ヵ月前から極秘で行っている遺伝子組み換えに関する実験についてで、その結果が思ってもみなかった恐ろしい結果になっているので緊急にドキュメンタリー映画をつくって欲しいという要請でした。そこで、『セヴァン…』が完成していなかったにも関わらず、急きょ並行して撮影をスタートしました」

 

 その実験とは、200匹のラットを使った長期実験で、遺伝子組み換え世界シェア90%を占めるアグリバイオ企業モンサント社の遺伝子組み換えのトウモロコシ(品種名NK603)と農薬(除草剤ラウンドアップ)を摂取パターンを変えて2年間与え続けるというものだった。

 ラットにとっての2年間は、人間にとっての80歳に相当するが、現在、世界的権威であるFDA(アメリカ食品医薬局)が遺伝子組み換え作物を認可する前提となっている実験期間はたったの3ヵ月。

 ところが、セラリーニ教授による2年間の長期実験の結果では、4ヵ月目以降に死亡率が上がっていた。つまり、世界の市場を席巻しつつある遺伝子組み換え作物は、長期実験で安全性が確認されているわけではないのだ。

 

世界で初めての長期実験で、300万ユーロ以上という多額の実験費用がかかっています。実験で使用したラットについてモンサント社側の反論も出ていますが、セラリーニ教授は、一般に遺伝子組み替え作物や農薬を実験するときと同条件のラットを使っています。セラリーニ教授が今年1月に、この実験についてのさまざまな質問に学術誌『Food and Chemical Toxicologyで答えています。結果発表はまだ1年ほど前のことなので、いまも実験の分析が引き続き行われています

 

「NO」と言わないことは 「YES」と言っていることと同じ

 この映画のもうひとつのテーマとなっている“原子力”については、原発保有数世界第2位の自国フランスでの現状とともに、福島第一原発事故の影響で苦悩する被災者にスポットを当てている。福島県での撮影を回想するとき、ジョー監督は深くため息をつき、目を潤ませた。

 

「今回の映画のなかで、福島県で被災した酪農家が、“人はいままで放射能やウランという怪物を安易に扱っていたが、いったん怪物を怒らせたら、その怒りをおさめることができない”と言っています。日本では、事故が起こるまで1年間の放射線量の許容線量は1ミリシーベルトでしたが、政府はそれを20倍に引き上げるという、おぞましい判断をしました。そのために放射線量が高い地域から避難できなかった人たちが大勢いました。しかし、福島の住民の方々はとても毅然としていました。特に映画に出演していただいた方々はそうです。福島での撮影は、私がいままで映画をつくってきたなかで、最も困難なシーンになりました。最後に出てくる、放射能の影響を苦に自殺された有機農家の方の奥さまとその息子さんとの別れのシーン。映画の場合は通常は何回かテイクを撮るのですが、このシーンを2回撮ることは私にはできませんでした。

 もうひとつ、東京の公園で若いお母さんにインタビューしているシーンがあります。彼女は、原発事故が起こるまで、原発にNOと言わなかったことを後悔している。“NOと言わないことはYESと言っていることと同じ”だということに気がついたのです」

 

特権階級の圧力で 真実を語らないマスコミ

 3.11以降、原発の安全神話は崩れ、市民の間からは「NO」という声が急速に高まっていった。だが、自民党政権に戻ってからは、原発の再稼働や新興国への輸出政策など、まるで原発事故などなかったかのような世論がつくられている。

 遺伝子組み換え作物の輸入と流通の承認も、農水省がパブリックコメントで意見募集をしているだけで、マスコミに報道されることなく、ほとんどの人たちが知らないうちに進んでいるのが現状だ。

 

「残念ながら世界の多くの国、特に先進国は同じような状況です。一部の特権階級のエリートたちがマスコミを牛耳っています。原発も遺伝子組み換えも情報公開における圧力のかけかたは同じです。

 モンサント社は、この映画の公開に先立ち、フランスのマスコミや上映を予定する映画館などに圧力をかけました。それでも3040館で上映されましたが、実際に種子会社や諜報部の圧力で上映を中止させ、市町村でポスターを貼ることを禁止させられたケースもありました。

 フランスのジャーナリズムは、最も主要なマスコミ、たとえばラガルデールやTF1などは武器販売をしている企業グループの手中にあって真実を語りません」

 

私たちの行動が 未来を変える

 こうした情報統制に対して、ツィッターやフェイスブックといった、個々が情報を発信して、つながり合うソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)が担う役割は大きい。ただ、ジョー監督は、もっと具体的な行動を起こすことが早急に必要だと訴える。

 

「いま、緊急事態なのです。世界中の市民は自分たちの役割を認識すべきです。銀行に預けているお金はいまのところ自分で自由に使えます。たとえばフランスの場合、フランス電力から供給される電気を使うと、電力供給のうち8割を原発が担っているので、自分が支払う電気料金の8割のお金が原子力に使われていることになります。でも実は、フランス電力以外のところからも電力は買える。再生可能エネルギーで発電している電力会社から電気を買うようにみんなが動けば、フランス電力であろうとその流れには抗えません。

 遺伝子組み換えに対抗するためには、自分たちが食べるものには、必ず明確な表示をして欲しいと主張していくことです。その表示が中身と本当に合っているかを確認することを政府に求める。もしそうしたことが難しいのであれば、疑わしいものは買わないという行動を起こすべきです」


 私たちが行動を起こすことができれば、人類の未来は決して暗くはないということもこの映画では語られている。

 

「アフリカ大陸は21世紀の希望の大陸だと思います。灌木しか生えないような土に、セネガルのアグロエコロジー学校では好きな作物を植えることができるようになった。少し手助けをすれば食糧的に自立できる国になるのです」

 もちろんその手助けに、遺伝子組み換え作物は必要ない。

 

「モンサント社のようなアグリバイオ企業は、自社が特許権をもつ遺伝子組み換え作物を地球規模で広めて植民地化しようとしています。これに対してセネガルのアグロエコロジー学校の先生は、“遺伝子組み換え作物を植えるようになったら、あなたたちは奴隷生活をおくることになる。首に縄をつけることと一緒です”と教える。

 こうした真実を知る人たちが増えて行動を起こせば、人類の未来は明るいと言えます」

 

 最後に、「黒澤明の映画がすごく好き」というジャン=ポール・ジョー監督の最新作『世界が食べられなくなる日』は、秀逸なドキュメンタリーであると同時に、美しい映像と音楽へのこだわりが随所に感じられる芸術作品であることをお伝えしておく。

 この映画を観ることは、間違いなく未来のための“行動”のひとつになるだろう。

 

※渋谷アップリンクでは、『世界が食べられなくなる日』の公開を記念して、食のドキュメンタリー11本を一挙上映する「食べもの映画祭」が開催される。『セヴァンの地球のなおし方』『フード・インク』『よみがえりのレシピ』『モンサントの不自然な食べもの』など話題作が一挙公開(6月8日〜28)。 

 

『世界が食べられなくなる日』(6月8日(土)より、渋谷アップリンクにて全国順次公開)

http://www.uplink.co.jp/sekatabe/

 

渋谷アップリンク「食べもの映画祭」

http://www.uplink.co.jp/movie/2013/12323

 

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