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アーティストの坂本龍一さんに
お話を伺いました。
取材:温野 まき 撮影:仁礼 博
坂本 龍一 (さかもと りゅういち)さん
1952年東京生まれ。東京芸術大学大学院修士課程修了。78年『千のナイフ』でソロデビュー。同年、細野晴臣、高橋幸宏と『YMO』を結成。散解後も、音楽・映画・出版・広告などメディアを越え活動。 84年、自ら出演し音楽を担当した『戦場のメリークリスマス』で英国アカデミー賞他、映画『ラストエンペラー』の音楽でアカデミー賞、グラミー賞他受賞。以降、活動の中心は欧米へ。99年制作のオペラ『LIFE』以降、環境・平和問題に言及することも多く、アメリカ同時多発テロ事件をきっかけとした論考集『非戦』を監修。自然エネルギー利用促進を提唱するアーティストの団体artists'powerを創始するなど、活動は多岐にわたっている。90年より米国、ニューヨーク州在住。エイベックスグループとの新レーベル「commmons(コモンズ)」を設立。09年、4年ぶりの全国ツアーを行い、3月にはアルバム『out of noise』をリリース。
ぞっとしますね。 本当の豊かさじゃないような気がする
「日本というのは本当に金持ちの国ですよね。いま、経済的に悪いはずなのに、地方も含めて豊か。消費行動も、建物も、ファッションも、悪くてこれなんだからすごいと思います」
4月末に4年ぶりの全国ツアーを終えた坂本龍一さん。全24公演のうち残すところあと5公演という日に聞いた、日本縦断を振り返っての感想だ。
「ただ、それが健全な経済で成り立っているのかと言うと...ね。たとえば、どんな地方に行っても立派なホールがあって、これで財政は、やっていけるの? と心配になります。元はとれていないと思うの。よくわからないけど、維持していくために借金するわけでしょ? ぞっとしますね。本当の豊かさじゃないような気がする」
切迫感が感じられない日本の状況は、まだほかにもある。
「今日はずいぶん暖かいですよね。でもまだ4月です(*1)。テレビなんか見ると、気候が良くて過ごしやすい一日...みたいなことを言っている。 "この陽気を怖いと思わない感覚"が理解できない」
そう言いつつも「あんまり説教じみてもね」と、苦笑い。
「ある程度鈍感にならざるを得ないというか、そうしなくちゃ生きていけない部分もあると思うのね。食の問題もそうだけど、あまり敏感になると生存していくのは難しいと思う。ただ、僕にとって、温暖化に対する危機感は、情報から来ているんじゃなくて、もっと本能的・感覚的なものです」
感覚のまま、音楽活動のほかに、非戦、反核、地雷ゼロキャンペーンといった社会的活動を行ってきた。そんな坂本さんが、いま力を入れているのが、健全な森を増やすための運動「more Trees(モア・トゥリーズ)」だ。
more Treesを始めたら 自分の軸足が定まった。
「more Treesを始めた一番の目的は、温暖化の加速をやわらげようということです。それにはCO2を吸収してくれる森を増やすこと。ご存知のように人間が出すCO2は増え続け、森林は世界から消え続けている。そのベクトルを反対にしたい。CO2を吸収してくれるのは海と森だけど、海は人工的に増やせないから、森を増やすしかない」
日本の国土の約7割は森林。その多くを占める人工林が、林業の衰退とともに放置されていることを心配する。2007年には、高知県の梼原町、2008年には同県中土佐町の森林保全のための支援を始めた。さらに今回の来日では、ツアー中に訪れた北海道で、下川町など4町でつくる「森林バイオマス吸収量活用推進協議会」との協働で森づくりを行うことを発表。
「森が不健康だとCO2の吸収量も低い。昨日も北海道で、間伐された森と、間伐していない森を見たんだけど、あきらかに日光の当たり方が違う。間伐されていない森は日が差し込まないから暗くて、木はやせているし、枯れているのもある。これでは森は死にゆくままだから、間伐してあげないとだめだっていうことでね。伐った木を放置しておくのも良くないから、下までおろして使ってあげないといけない。ただ、それには人手もお金もかかる。だからmore Treesは、いろんなかたちで、お金を集めてそういうところに投下するわけです」
排出されたCO2を森林整備によって相殺するカーボンオフセットのプロジェクトも進行中で、more Treesの話は尽きない。
「以前から、環境問題に対して興味は持っていて、世間に文句を言ってみたりとか、いろいろあったんです(笑)。でも、自分の軸足っていうのは決まってなかった。more Treesを始めてからは、実際に森の仕事に従事する人たちと会ったり、地方自治体の候補を探してみたり、森林によるCO2吸収について専門家の先生と話したりしているうちに、軸足が定まってきた。というのは、森っていうのは整備していくのに何十年もかかるから、一度始めたら辞められないのね。だから、死ぬまでやるしかない(笑)。この活動を地道に続けていくことが少しでもプラスになると思っているので、それは自分にとっても良かったと思っているんです」
確かに森林保全は、結果がすぐに出るものではない。植林しても森になるのは50年先という、気の遠くなるような話だ。ただ、坂本さんは、次世代に"温暖化という負の遺産を残したくない"というような悠長な気持ちでmore Treesを始めたわけではなかった。
「もちろん子どもたちに良い環境を残すとか、自然を残すというような美辞麗句も間違ってはいないですけど、もうちょっと僕は緊急の課題だと思っていますね。このままだと自分が生きているうちに大変な時代が来るんじゃないかって」
北極圏では、 去年の1月に雨が降ったらしい
温暖化と言われても、その現象を目の当たりにするようなことでもなければ、実感するのは難しい。坂本さんは昨年の秋、温暖化の最前線を見るために北極圏へ向かった。
「イギリスのアーティストであるデビット・バックランドが主宰するCape Farewell(*2)というプロジェクトで、アーティストやミュージシャンと科学者を同じ船に乗せて北極圏を体験しに行くというものです。実際に行ってみた北極圏は、僕にはものすごく衝撃が大きくて、いまだに自分でどう咀嚼していいのかわからないような感じが続いています」
アルバム制作の最中にたまたま誘われて行った北極圏。完成した『out of noise』に、氷の割れ目から水中マイクを海中に入れて録音した水の音が使われたことは、いくつかのメディアがすでに伝えている。北極圏へ行ったことがない者からすれば、見渡す限りの氷の世界をただ想像するしかない。温暖化によって崩れ落ちる氷河や、エサを求めて割れた氷から氷へ泳ぎながら移動するホッキョクグマの姿はそこにあったのだろうか。
「僕が行ったのは9月から10月でしたが、真冬は、氷で覆われた海を渡って、ホッキョクグマも人間もアザラシを狩りに行くそうです。その頃は寒過ぎてクジラも来ない。ところが、土地のイヌイットの人に言わせると、この何年かは氷が張らなくなって、冬なのにクジラが来たり、去年の1月には雨が降ったらしい。それは前代未聞の話で、雨が降ると氷が溶けて、食べ物も腐っちゃうし、地元の人は、本当に危機感をもっているようです」
氷が溶けることが死活問題となっているイヌイットと違い、現時点では、経済的な格差はあったとしても、私たちの生活はこのまま永遠に続くかのようだ。ところが、日本の場合、温暖化云々以前に、食やエネルギーの自給率が恐ろしく低いという現実がある。
「何十年かのうちには石油はなくなると言われていますが、もし、いますぐ何らかの原因で石油などのエネルギー資源が輸入されなくなったら、一番困るのは食ですよ。日本の大規模農業の99%が、石油がないとできない農業になってしまっている。すごく怖い話があります。江戸時代は完全な有機農法で、人口が3000万人。鎖国でどこからも輸入していない時期に、日本の国土は有機農法で3000万人を養っていたことになります。食糧の60%を輸入に頼っている日本で、もし石油が止まったら、いまの農業で何人養えるの? 有機農法の技術が、ほとんどの農家に受け継がれていないから江戸時代の3000万人も養えないわけです。飢餓ですよ。いかに恐ろしいぎりぎりのところに、この国はあるっていう話です」
核エネルギーと共存できるほど 人間が、頭がいいとは思えない
一方、坂本さんが住んでいるアメリカの状況も厳しい。ブッシュ政権の8年間のために、大きなツケを払うことになっているからだ。ただ、アメリカの場合は、オバマ新大頭領の登場によって変わろうとしている。グリーン・ニューディールと呼ばれる風力や太陽光などの再生可能エネルギー推進の政策を打ち出し、石油はもとより、原子力からの脱却へ舵取りを始めたからだ。
「昨日も、オバマ大統領が、アメリカの核燃料再処理工場の建設を辞めると発表しました。青森県の六ヶ所村にある再処理工場と同様の施設ですよね。あそこで出来るプルトニウムは原爆の材料です。イランや北朝鮮のウラン濃縮が問題だとか言っているけど、六ヶ所村で生産されるプルトニウムは年間8トンですよ。人間は核エネルギーとは共存していけないって僕は思います。そんなに人間が、頭がいいとは思えない」
自らの活動でも出来るだけ再生可能エネルギーを使用したいと考える坂本さんは、今回のコンサート会場の消費電力もグリーン電力証書(*3)で賄った。
「ただ、日本ではグリーン電力の購入量が限られているんですよね。ドイツなんかは国が補助金を出して、どんどんグリーン電力発電施設をつくって、電力を安く供給できるようにしていったし、アメリカもそうなると思いますが、日本の場合まったく正反対ですからね。それに、今回、ツアーで回ったホールには、どこひとつとして太陽光パネルを付けているところがなかった。けっこうな面積があるんだから取り付ければ電力を賄えるはずだけど、そういう提案を建築家も行政もしない。できることが山ほどあるのにやっていないんですよ」
日本食も風土も好き。 だけど、住みにくく、死ににくい国。
石油やウランに頼らない電力を選んでいくためには、私たちが求めていくことも必要だ。
「ホールを使っているミュージシャンや演劇の人たちも、なんで太陽光パネルを付けないの? 付けたほうが電力代が安くなるし、お得じゃないの? と言うべきです。いま、企業のCMでも、エコ、エコと言っている。それは、消費者の暗黙の圧力があるからで、エコって言わざるを得ないプレッシャーを企業が感じている証拠です。一番感じてないのは、政治家ですね。行政、企業、消費者って仮に3つに分けると、消費者が一番敏感で、次に敏感なのが企業、一番鈍感なのは行政です。だから本当は、国は国民を怖がっていると思いますよ。反乱の芽は早いうちに摘み取って、お笑いや娯楽で楽しんでいれば、たてつくこともない。別にたてつく必要はないけれど、食とかエネルギーとか、生活の根本に関わることは、ちゃんとしたいですけどね」
どうも日本は、かなり危ない国になっているようだ。最後に、ニューヨークを拠点とした生活がそろそろ20年になろうとしている坂本さんに、こんな日本に帰ってきたいかどうか聞いてみた。
「もうそろそろ帰ってきたいと思っているんです。僕は日本国籍だし、日本の食も風土も好きなんですけど、しかし...。反面、帰ってきたい国なのかな? っていう気持ちもあるんですよね。状況は非常に危ないし、政治はひどいし、老人も住みにくい、死ににくい国になってしまった。だけど、アメリカで死ぬのも嫌なのね。アメリカの土っていうのは、乾燥して白茶けてるの。日本の土って黒々として湿っている。そういう黒々とした豊かな土壌が地下1メートルくらいまである。そんなところ、世界にあんまりない。微生物が豊かな土壌に埋められて分解され、次の生命の養分になりたい。僕にとってそれが輪廻です。きっと、縄文人より前の石器時代の先祖が大陸を渡ってきて、あーいいところだなって思って、この列島に住み始めたんですね。森が多くて、水も豊かで、その頃の列島は天国みたいなところだったんじゃないかな?」
(*1)インタビューは2009年4月22日
(*2)Cape Farewell
(*3)グリーン電力証書...風力発電所などから発電された電力が、CO2排出量が少ない電力であることを証明するために発行された証書。この証書を、グリーン化したい電力量に応じて購入することによって、風力発電所などのグリーン電力発電事業者を支援し、グリーン電力を普及させることができる。
サイト
坂本龍一オフィシャルWEBサイト [SITESAKAMOTO.COM]
URL: http://www.sitesakamoto.com
坂本龍一主宰の音楽レーベル [commmons]
commmonsのEC/WEBマガジン [commmonsmart]
URL: http://www.commmonsmart.com