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映画監督の原村政樹さんに
お話を伺いました。
取材・写真:岩間 敏彦
原村 政樹 (はらむら まさき)さん
1957年生 千葉県出身 記録映画監督。1988年、東南アジアの熱帯林破壊をテーマとした「開発と環境」で監督デビュー。以後、短編映画、TV番組を制作。2001年より3年かけて長編ドキュメンタリー映画『海女のリャンさん』(文化庁文化記録映画大賞・キネ旬ベストテン第1位・厚生労働省社会保障審議会推薦・文部科学省選定)を完成。以後、長編自主映画の制作にも新分野を開いた。2006年、20年かけて『いのち耕す人々』(文化庁文化記録映画優秀賞・キネ旬ベストテン第4位・文部科学省選定)を完成させる。2008年、長編ドキュメンタリー映画『里山っ子たち』(児童福祉文化賞・厚生労働省社会保障審議会特別推薦・キネ旬ベストテン第3位・文部科学省選定)、続編の『Little Challengers小さな挑戦者たち』(文部科学省選定)を完成。2009年秋、『里山っ子たち』シリーズ第三部「土曜学校」(仮題)完成予定。
全身泥まみれになった子どもたちの写真が、 撮りたいという気持ちを駆り立てた
用水路を飛び越え損ねて落ちてしまった女の子。古民家の庭でリヤカーを引き回す腕白坊主。泥田にパンツ1枚で飛び込む子どもたち。これらは千葉県木更津市の木更津社会館保育園が行っている里山保育の様子を追いかけた『里山っ子たち』という映画のワンシーンだ。
自主上映を中心に各地で上映され、感動の輪が広がりつつある。
この映画を撮ったのは、記録映画監督の原村政樹さん。国家の対立がもたらす悲劇と、日本、韓国、北朝鮮に離散した家族の絆の尊さを描いた『海女のリャンさん』や、1973年から有機農業に取り組む山形県高畠町の人々を追いかけた『いのち耕す人々』などの作品がある。
『里山っ子たち』を撮ることになったきっかけは、前作の『いのち耕す人々』にあった。
「日本有機農業研究会の全国大会で、15分ぐらいの予告編を作り、映画を紹介してほしいと依頼されたんです。そのときにパネルディスカッションが行われたんですが、パネラーの一人が社会館保育園の宮崎園長でした。人間のとらえ方や活動が非常におもしろかったので、懇親会の際にいつか見学に行きたいと言ったのが始まりでした」
やがて、社会館保育園が「森の保育園」と呼んでいる里山の報告書が宮崎園長を通じて届けられた。里山で講師を務めている直井洋司さんによるものだったが、それを見て原村さんは感銘を受ける。
「めくっていったら突然、全身泥まみれになった子どもたちが写っていたんです。いいな、素敵だなと思って、撮りたい気持ちがさらに芽生えたんです。僕は小学生のころに同じ体験をしていますから、自分の子ども時代がよみがえり、まったくそうだな、こういう中で子どもを育てないといけないんじゃないかと思いましたね」
ぜひ撮りたいと考えた原村さんは、『いのち耕す人々』が映画化される前に、高畠町を舞台にしたNHKのETV特集、『里山がうまい米を育む』という番組を一緒に制作したプロデューサーに会いに行った。「森の保育園」の報告書を見せながら説明したところ、まず、テレビ番組の企画として検討してもらえることになった。
アジアの途上国で会った子どもたちとオーバーラップした 人なつっこい子どもたち
2006年7月下旬、原村さんは初めて社会館保育園を訪れた。そこでは、さらに宮崎園長の言葉に感銘を受けたという。
「宮崎園長は日本がもっと貧しかった時代の子どもに戻したいと言ったんですよ。また、園長は保育園を森にしたかったらしいんですが、塀で囲まれている保育園は、いわば刑務所のようなものとも言ったんです。刑務所は捕らえられて不自由なようだけれど、ある意味では保護されたぬるま湯の環境というわけです。ところが里山には塀がなく、たくさんの危険があります。自由にどこにでも行けて自分の心が開放される反面、緊張感も強いられるんです。たしかにそうだと思いましたね。こうした数々の言葉に、子どもというか、人間の原点を感じて、何とか取材したいと思ったんです」
その時、原村さんは子どもたちとも初めて会っている。
「子どもたちが昔からの知り合のような感じで、初対面の僕に警戒心なく接しようとしているのに驚きましたね。見て見てという感じで話しかけながら、作った笹舟や、花などを持ってまとわりついてくるんです。僕はアジアの途上国で、都市のスラムや山村漁村などを多く取材してきましたが、貧しいけれどみんな笑顔が良くて、目がきらきらとしていました。そういう子どもたちともオーバーラップしましたね。また、この保育園では、ケンカがOKということでした。殴ったり殴られたりすれば痛さがわかるし、怒っている方の感情も伝わるので、他者を知る一つのトレーニングというわけです。それを引き離したら恨みが残るというのが園長の考え方でした。はな垂れ小僧がいたことにも驚きました。」
2006年11月から1年半、撮影に通う日々が始まった。原村さんたちは初日から思わぬ事態に遭遇する。
「子どもたちが初めて里山に行ったとき、一人の女の子が用水路に落ちて、そのショックから動けなくなってしまったんです。するともう一人の女の子が助けに戻ってきたんですね。その場面を見たとき、えっと思ったんです。まだ助け合う気持ちが生まれる前のはずなのに、なんでそんな行動がとれるのかと。それで興味を持ち、保育園も撮り始めたら驚きの連続でした。実は保育園がミニチュアの里山だったんです。わざと段差がつけられていたり、積み木も鋭角だったりと、自然と危機意識が育まれ、助け合いの気持ちも生まれる環境だったんです」
この保育園で、子どもたちが逆上がりや、竹馬など、さまざまな課題にチャレンジしていく様子は、続編『Little Challengers ~小さな挑戦者たち~』としてまとめられた。
子どもたちの世界に入り込み、 ひたすらカメラを回し続ける未知の撮影体験
「森の保育園」には40人ほどの子どもたちが参加している上に、里山では、それぞれがやりたいことをバラバラに始めるため、まんべんなく撮るわけにいかない。そこで、原村さんはメインに撮る子を決めることにした。その一人がシュウヤという少年だ。お山の大将になりたいけれど、受け入れられず腕力に訴えるような子だったという。
「ほかの保育園や幼稚園では、きっと乱暴だからと切り捨てられてしまうタイプです。でも僕には人間的な魅力があるかわいい子と思えました。性格はなかなか変わらないだろうと思っていたんですが、仲間はずれにされたりしていろいろ学習していくうちに変わっていきましたね。しかも、敏捷でトンボやカナヘビを捕るのがうまいから、ほかの子から一目置かれ、だんだん友だちができてくるんです。たくさんの生き物がいる里山の自然ならではだと思いました」
映画では、このシュウヤを軸に次々といろいろなことが起こるが、実際には何も起きない日の方が多かったようだ。
「何も起きない日が結構ありました。ところが最後の30分にすごいことが起きることがあるんです。それで学んだのは、自分も子どもたちの世界に入らないといけないこと、最後の最後までいないと何が起こるかわからないということですね。あまりプロフェッショナルにならず、とにかくカメラを回し続けるという、僕自身は今までにない撮影体験でした」
結果、110分の作品に対して、カメラを回した時間は約250時間に及んだ。
里山で過ごす時間を積み重ねないと、 里山の良さは心に染みてこない
原村さんにとって里山とはどんなところなのだろうか。
「いま、ゲームのような非常にバーチャルなものが氾濫していますよね。子どもをマーケットの対象に組み入れて、金儲け的な思惑を持った大人が作っていたりします。それに対して里山はリアルな場だし、大人たちの思惑が及んでいない自然があります。その中で自分を発見していくことは、人格形成にすごく大切な気がしますね。ただね、中には自然にどっぷりと漬かれず、読書やスポーツ、鉄道のほうが好きという子もいます。そんなふうに里山で発見できない別の個性もあるわけですから、全員が里山の中で過ごせばいいとは思いませんが・・・」
そう言いながらも、里山の話となると、映像の世界に身を置く人ならではの言葉が次々と飛び出す。
「普段でも散歩したり、野の花を見たり、冬だったら野鳥の観察をしたりと、そういう時間を積み重ねないと、里山や自然の良さは心の中に染みてこないと思うんです。例えばたくさんある野の花を親子で一緒に観察するだけでもいいんだと思います。野の花はすごく小さいけれど、マクロのレンズで見ると素晴らしい世界ですよね。最近、生物多様性と言うけれど、里山にいっぱいある葉っぱの形だけを見ても多様性を感じます。そして、この世界の存在というか重みを感じるんです」
自然環境や第一次産業を 追いかけ続けたい
原村監督はいま、次回作の制作に取り組んでいる。1本が『里山っ子たち』の続編とも言える『土曜学校』(仮題)で、10月の完成を目指している。「森の保育園」と同じ里山で毎週土曜日に小学生が集う学童保育・土曜学校を追いかけたものだ。
「里山っ子たちが小学生になったら、里山でどう育っていくんだろうという思いもありました。小学1年~6年までの異年齢の集団で小さい子と大きい子がどうかかわりあっていくかも描きたいですね。また、それぞれ人間には関心領域があるので、それを発見してとことん打ち込んでいく様子を伝えたいと思います」
もう1本はテレビ番組だが、10年ほど耕作放棄された山奥の田んぼをよみがえらせようとしている人々を追いかけている。ゲンゴロウやタガメ、ヤツメウナギなど、貴重な生物がたくさんいる場所だという。
「里山の田んぼで耕作放棄されているところというのは経済的に効率が悪いところです。でも環境という目で見ると、そこには飲み水になるような水が流れていて、米をつくればおいしくて安全で、ものすごい宝だったりするわけです。そんな場所で作られる米だから3倍4倍で売れるということもあるわけです。何でも単純に経済効率を優先するのではなく、価値観を変えていかないと、日本はどんどんいいものをなくしていくように思えてなりません」
価値観を変えないと、日本からいいものが消えていく。たしかにその通りだと思う。『里山っ子たち』も、里山で遊ぶ子どもたちという、一種の絶滅危惧種を再生する物語と言えるだろう。これからも日本の自然と第一次産業を追いかけたいという原村監督の作品に期待したい。
サイト
里山っ子たち公式サイト
URL: http://www.sakuraeiga.com/satoyama.html
株式会社桜映画社
URL: http://www.sakuraeiga.com/
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