エコリノベーションが、地域経済を活性化させる

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オーナーズ・トラスト株式会社代表取締役の

坂間 均さんにお話を伺いました。

 

取材・文:加藤 聡 撮影:黒須 一彦

坂間 均 (さかまひとし)さん

東京生まれ。一級建築士。東京理科大学工学部建築学科卒業後、設計事務所、大手不動産会社を経て、1986年、一級建築士事務所アーキフィールドを設立。住宅、賃貸マンションの設計に従事。1999年には賃貸コンサルサルタント会社、オーナーズ・トラストを設立。代表として顧客の賃貸住宅の企画や建設会社・ハウスメーカーの賃貸事業コンサルタントを努める。現在は、環境エコ建築の推進を目標に設立された日本環境建設技術振興事業協同組合の上席顧問、さらには住宅の防犯技術を振興する一般社団法人全国住宅等防犯設備技術適正評価監視機構(全住防)の東京支局長としても活躍中。

 

厳しい逆風にさらされる建設・建築業界

「現在、日本では約660万人が建設業に従事していますが、来年の3月までに、3分の1の会社が倒産するとも言われているんですよ」

 

 インタビューの冒頭からこんな恐ろしげな話を語ってくれたのは、賃貸オーナー向けのコンサルサルタント事業を手がけるオーナーズ・トラスト株式会社の代表取締役・坂間均さんだ。

 

 国土交通省の発表によると、2009年度上半期(4~9月)の新設住宅着工戸数は、前年同期比33.9%減の38万4175戸で、1965年以来、上半期ベースでは戸数は最低、減少率も過去最大だという。毎月の着工戸数も、昨年秋からの世界同時不況の影響により、前年割れが10ヵ月続いている状況である。

 

「今後は少子高齢化もあって、新築市場はこれまでみたいには伸びてこないだろうと言われています。ただでさえ少ないパイの中で、大手のハウスメーカーがひしめき合っているのが建築業界の現状です」

 

 そんななか9月、日本では政権交代が実現。鳩山首相は、温室効果ガスの排出量を2020年までに25%削減することを、世界に宣言した。政府は家庭の温暖化対策を、エコ住宅の推進、太陽光パネルの普及、省エネ家電・次世代自動車の導入などによって行うとしている。また今月からは、余剰電力の買い取り制度もスタートするなど、各産業界が色めきだっている。だが、こんな状況にも坂間さんはいたって冷静だ。

 

「今やハウスメーカーは、猫も杓子も新築のエコ住宅を売りにしています。でも新築の割合なんて、日本の全住宅に占める1割程度。また、太陽光発電が普及しても、儲かるのは、電機メーカーや太陽光パネルの在庫を確保できるハウスメーカーばかり。地方の工務店はそんな政策の恩恵すら受けられずに埋没してしまうんじゃないかと危惧しています」

 

 一方で、新築の市場が縮小しているからこそ、そこにビジネスチャンスがあるという。

 

「日本が本気で25%削減に取り組むなら、残り9割の既存住宅についても、エコ化をはからない限り、とてもじゃないけど達成は無理でしょう。新築と比べて、個々のケースや小さい工事の多い既存住宅のリフォームは、大手のハウスメーカーにはなかなか手を出しづらい領域です。パイの少ない新築市場で大手と勝負するのではなく、地域の工務店はリフォーム・改修にシフトしていけば、確実に仕事の機会は増えていくはずです」

 

日本に根付く新築至上主義

 ところが戦後の高度経済成長を経て、日本人のなかには、古い建物は壊し、新たに建替えようとする住宅観ができてしまった。同じように建築関係者も、リフォーム・改修に対しては、あまり積極的でないのが日本の現状なのだという。

 

「日本の建築教育は、新築を前提に行われてきました。そもそも、大学の建築学科のカリキュラムに、リフォームや改修に関する授業が存在しないんです。ところがヨーロッパは全くの逆。築100年以上の建物を修繕する『改築デザイナー』の方が、建築家としてのランクは断然上です。日本では、ハウスメーカーも工務店もほとんどが新築専門。新築のDNAが連綿と続いてきてしまった。これを変えようというのはなかなか難しい」

 

 とはいっても、昨今の不況の影響や、消費者の環境意識の高まりもあり、リフォーム市場は確実に広がってはきている。ところが、これまで新築一筋でやってきた工務店は、リフォームに対するノウハウが全くないために、シフトチェンジできずにいるところも少なくないのだとか。そこで同社が提案するのが、環境・エコリノベーションの受注支援ネットワーク「Re-Live(リライブ)」だ。

 

 もともとオーナーズ・トラストでは、賃貸住宅のオーナーや建設会社向けに、空室補償や賃貸・アパート経営といった賃貸住宅事業のコンサルティング業務をメインとしている。そのメニューのひとつとして、老朽化してきたマンションやアパートを、再び新築並みの家賃が取れる物件に再生する賃貸リフォームを行ってきた。リライブではその視点を環境・エコロジーにまで広げ、新築時にはなかった新しい付加価値を与えて再生する。単に古くなった箇所を原状回復するために修繕するリフォームではなく、機能や性能を向上させて住宅の価値を高めるリノベーションという考え方だ。

 そしてその工事を担当するのが、リライブネットワークに加盟する地域の工務店で、エコリノベーションに関するノウハウは同社が提供するという。

 

「我々がこの事業を推進するのは、地球環境問題解決のためだとか、そんな大それたことではありません。これをやらなきゃ地方の工務店は潰れてしまうんです。ところが、リフォーム・リノベーションがビジネスチャンスになると気付いていない工務店が実に多い。彼らはまだまだ営業マンのお尻をたたけば新築の契約が取れると思っているけど、それは間違いです」

 

断熱住宅への目覚め

 坂間さんは、大学卒業後、設計事務所へ就職。その後、大手不動産会社を経て、若干33歳で設計事務所を立ち上げ、建築家として活躍してきた。

 

「独立から数年後、幼なじみのあるミュージシャンから、家の設計を頼まれましてね。僕も若かったんで、コンクリート打ちっぱなしのモダンな家を造ったんですよ。ところがある冬、その家を訪ねたら、テレビやステージ上ではカッコいい彼が、石油ストーブを付けながら、コタツに入って背中を丸めているわけ(笑)。その姿を見た瞬間、これはイカンと思いましたね。当時は、断熱なんて全く頭になかったんだけど、こんな家づくりじゃダメだと。後に聞いた話では、彼の家では冬の光熱費が月に12、3万円もかかっていたとか(笑)」

 

 この強烈な実体験こそが、坂間さんを、建築のエコ化・断熱化への道に走らせることになる。

 

「僕はこの世界に30年いるけど、30年前は断熱材なしの無断熱住宅でした。昔から日本人の住まい方は、冬は寒いのが当たり前だったので、住む人はもちろん、建築家でさえ、断熱なんて意識することはなかった。20年ほど前になってくると、断熱材くらいは入れようということになってきて。どんなものかというと、内断熱工法といって、コンクリートの躯体の内側に断熱材を施す工法です。みなさんが今住んでいる家もほとんどが内断熱。この内断熱主流の流れを、なんとか外断熱に変えたいと思っているんです」

 

外断熱工法とは

「おおざっぱに言えば、無断熱の建物で冬を快適に過ごすとしたら、光熱費は月に10万円かかります。内断熱で5万円、外断熱工法にすれば1~2万円。光熱費換算でこれくらい違います」

 

 外断熱工法とは、鉄筋コンクリートの建物を外から断熱材ですっぽり包んでしまう工法のこと。コンクリートやレンガの躯体が蓄熱体(熱を貯めておくところ)となるため、室内温度が安定するなどの長所がある。一方、躯体自体に熱を貯めることができない木造の場合は、外張り断熱といって、外断熱とは区別される。

 

「外断熱が優れているということは、建築技術者だったら誰もが知っているはずなんです。ところが日本の建築業界では、ずっと内断熱が採用されてきました。これを今さら外断熱に変えようとするのは非常に大変です。これまでの歴史を自己否定することになりますから」

 

 では一体なぜ、日本では外断熱が採用されてこなかったのだろう。

 

「躯体の内側であれば雨が降っても工事は可能ですが、外断熱の工事ではそうはいきません。また外壁に断熱材を貼るため、技術的にも難しい。そうなると施工費はどうしても、内断熱より1~2割高くなってしまう。結局は、経済合理性から普及しなかったということです」

 

 日本の外断熱工法の歴史は、1973年のオイルショックを契機に北海道で始まる。当時はまだ施工方法が確立されていなかったということもあり、工事から数年後、経年劣化によって断熱材が剥がれ落ちるという事故が発生してしまった。これにより、外断熱の悪評だけが広まってしまったという。もしこの「外断熱の失われた10年」がなければ、日本の断熱の潮流は変わっていたかもしれない。

 

日本のエコ住宅が"本物"に変わるには

 もう断熱性能のない住宅は法律で禁止すべきだと坂間さんは話す。

 

「建築業界を動かすのは簡単な話で、アメとムチなんですよ。これ以下の断熱性能は認めないと法律で縛る。これがムチ。一方、アメとして、地産地消で地元の国産材を外壁や断熱材に使うというような、環境によい取り組みをする人たちには助成を厚くする。これが上手く回り始めれば、環境問題と雇用問題、そして建築業界全体にも好循環が生まれるはずです。政府には、一部のハウスメーカーや電機メーカーだけが儲かるような仕組みじゃなく、全体を見て政策を決めてほしいですね」

 

 最後に、経済成長優先でやってきた日本の建築業界への想い、そして今後について語っていただいた。

 

「若い建築家でエコ建築をやりたいという人が全く出てこないですよね。どの建築雑誌見てもまずはデザイン偏向主義。そうではなくて、基礎となる環境エンジニアリングを学んで、その上にデザイン性を加えていかないと。環境問題を考えれば、住宅をたった30年で壊していいはずがないんです。確かに当時は30年しかもたない家しか造ってこなかった。あの頃はそれによって経済発展をしていこうという時代だったから。でもこれからは違う。そうした家でも、しっかりとリフォーム・リノベーションすれば、耐震性を備え、環境性能も高い家に確実に再生できる。それはだけは希望ですね」

 

 坂間さんが言うように、まずはこれまでの日本の住宅のあり方を問い直すことがスタートだろう。そして、消費者・建築家の意識や建築教育が変わった時、本当に成熟した日本のエコ建築が始まりを迎えるのかもしれない。

 

オーナーズ・トラスト株式会社

http://www.ownerstrust.co.jp

 

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