失われゆくものはこんなにも美しい

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映画『ビューティフル アイランズ』の監督、

海南友子さんにお話を伺いました。

 

取材・文:加藤 聡 撮影:黒須 一彦

海南友子 (かな ともこ)さん

1971年東京都生まれ。日本女子大学在学中に、是枝裕和氏のテレビドキュメンタリーに出演したことがきっかけで映像の世界へ。卒業後、NHKの報道ディレクターとして環境問題の番組を制作。2000年に独立。主な作品は『マルディエム彼女の人生に起きたこと』(01)、『にがい涙の大地から』(04)。07年劇映画のシナリオ『川べりのふたり(仮)』がサンダンス国際映画祭でサンダンスNHK国際映像作家賞を受賞。環境問題はライフワークで、学生時代は海外での植林活動や地球サミットにも参加。ごみゼロナビゲーションで知られるA SEED JAPANの立ち上げメンバーでもある。

 

美しい島、ツバル

 2002年、海南友子さんはテレビ番組の撮影で、南米・パタゴニアの大地にいた。眼前に広がる雄大な氷河は、太陽に照らされ、まばゆく輝いている。だが次の瞬間、轟音とともに巨大な塊が海に消えた。感動は一瞬にして恐怖へと変わった。

 

「もちろん映像などでは、氷河が崩れる様子は見たことはあったのですが、自分の立っていた大地と地続きの場所が一瞬で消えてなくなったのには、これまでにない恐怖を覚えました。もしかしたら、環境問題の中でも、気候変動が一番怖いことかもしれない。そう感じ、気候変動をテーマにした作品を撮ることに決めたのです」

 

©海南友子
©海南友子

 そして4年後の2006年、温め続けてきたプロジェクトが始動。まず向かったのは、世界で最初に沈むと言われている島国ツバル。ところが実際のツバルは、「悲劇の島」というイメージは全くなく、むしろ楽園のような場所だった。

 

「風景も人も何もかもが美しかった。この国にはテレビや新聞がない。電話やインターネットはあるけど普及していない。そういった電気的な手段がないからこそ、人々は集って歌う。絆の強さを感じました」

 この美しい絆や暮らし、風景のありのままの姿を伝えたい。そう思った時、作品全体のイメージが固まった。それは、BGMやナレーションを一切入れない構成にするというものだった。

「なるべく自然に近い形で撮ろうと決めたので、特定の主人公を設けるつもりはありませんでした。一方で、気候変動の被害者である子どもたちの姿は描きたいと思っていました」

©海南友子
©海南友子

 なかなかイメージどおりの子どもたちに出会えないなか、偶然立ち寄った水没エリアでウミガメと遊んでいたのがシレタ、アマタの姉妹。話してみるとなかなか賢い。ピンときた海南さんは、その場で彼女たちを追うことに決めた。

 

「子どもは正直なので、仲良くならないと自然な感じで撮らせてもらえません。撮影前の数日間は毎日のように家を訪ねて、一緒に遊びました。すごく楽しかったんですけど、体力的に子どもたちについていくのがキツくて......。でもそのおかげでいいシーンになりました」

 

 子どもたちは5、6年生になると学校で環境問題について学ぶ。「姉妹だけど10歳のアマタと13歳のシレタでは、見えている世界が少しずつ変わってきている」と海南さん。島の将来は自分たちが決めなくてはいけない。無邪気に遊びながらも、子どもたちはそのことを知っている。

 

どこか遠い国の話にはしたくない

©海南友子
©海南友子

 当初はツバルだけを描いた作品にするつもりだったが、実際に島を巡るなかで、その方針を転換させていく。

 

「ツバルは名前こそ有名になりましたが、南太平洋のどこにあるかはあまり知られていません。そんな小さな島が沈んだところで、世界中の大半の人にとってはあまり関係ないかもしれない。『かわいそうだけど、遠い国の話だし仕方ないね』と思われるのだけは嫌でした」

 

 そこで、大陸も人種・文化も全く違う地域で、似た現象が起きている様子を1つの作品として描くことにした。ツバルの他に選んだのは、極寒のアラスカ最西端に位置するシシマレフ、そして世界遺産の街・ベネチア。暑い島、寒い島、華やかな島という3つの島の物語としたことで、映画を観た人が、どこかに自分の生活と近い部分を見つけることができるようになった。なかでもベネチアの水没被害は、先進国に暮らす私たちにとって、かなりショッキングに映るに違いない。

©海南友子
©海南友子

「ベネチアは中世の街並みが美しい町。そんな風景が水没してしまう様子はどうしてもカメラに収めたかった。ところが高潮は、偏西風や気温などの要素が絡まって突如発生するので、日本からの撮影は絶対無理と言われていたんですね。あきらめかけていた頃、たまたまテレビを見ていたら『ベネチア水没』のニュースが目に入ってきた。その瞬間、アドレナリンが全身を駆け巡って、気付いたらその日のうちにベネチアに飛んでいました」

 

 アクア・アルタと呼ばれる高潮は、歴史あるベネチアの街を容赦なく襲った。しかし、誰もが慣れた様子で、仮設の歩行橋の上を往来し、ホテルやレストランでは従業員が太ももまである長靴を履きながら、普通に営業を続けていた。

 

「逃げ惑う人々みたいな光景を想像していたんですが、そんな人は1人もいませんでした。つまり、それだけ水没が日常の一部になってしまっているということです。水没そのものよりも、異常が日常になっていることに怖くなりました。逃げられるのはたまにしか起こらない災害であって、それが1年間に何回、何十回と起きた場合、もはや災害と共存して生きていくしかないんです」

©海南友子
©海南友子

 3つの島で起きているのは、これから私たちの住む場所でも起こうりうる出来事。そう、これは未来の私たちの物語なのだ。

 

「特に被害が深刻だと感じたのが、アラスカのシシマレフです。気候変動の影響で海が凍らず、押し寄せる高波が永久凍土の大地を侵食し続けています。海の中に石が規則的に並んでいる場所があって、現地の人の聞くと『かつての堤防だよ』って言われて。岸辺から20メートルくらい先なんですが、十数年前まではそこまで陸地だったそうなんです。ここまで目に見える形で激減していると、10年、20年後には、島は本当になくなってしまうかもしれません」

 

信じ続けていれば必ず実現する

 海南さんと環境問題との関わりは深い。

 

「最初に環境問題に興味を持ったのは高校時代。当時はちょうど、酸性雨や温暖化が取りざたされ始めた時でした。その後大学に入り、バイトしては海外を旅するような毎日を送っていた時に、インドネシアで植林する機会があったんです。ところが翌年、同じ島に行くと、植えた木が全て枯れていた。1本の木を育てるのがこんなにも大変なんだって心から思った瞬間、私の中で何かが変わりました。帰国後は急に裏紙を使うようになるなど、心が動いたことで行動まで変わり始めたのです」

 

 さらに海南さんは、野外音楽イベントのゴミ分別活動で有名な「A SEED JAPAN」の立ち上げメンバーでもある。1992年、ブラジルで開催された地球サミット(国連環境開発会議)に若者の声を届けるため、世界約50ヵ国70団体が参加して「A SEED国際キャンペーン」が行われ、「A SEED JAPAN」は、その日本窓口として設立された。

 

「もともとは国連の会議に行けるかもしれないという動機で参加しました。実際、国際会議に参加してみてわかったのは、世界中の環境問題は、自分と遠い場所にあるのではなくすべて繋がっているということ。インドネシアでの植林の時にも強く思ったことを、改めて感じました。地球サミットは、気候変動枠組条約と生物多様性条約のスタート地点でもあります。この20年の環境問題の動きの最初の潮流から関われたことで、自分にとって最も大事なテーマの一つとなっています」

「この頃の経験が自分の人生を変えた」と語る海南さん。いわば本作は、環境問題をライフワークとしてきた彼女の集大成ともいえるだろう。

 

「でも本当は、社会問題や環境問題を伝える新聞記者になりたかったんです。これも学生時代の話なんですが、縁あって映画監督の是枝裕和さんが手がけていたテレビドキュメンタリーに出演させていただく機会があったんですね。初めて間近にドキュメンタリーというものに触れて、社会的なテーマと映像表現が合体した面白い仕事だなと思いました。そんなことを考えつつ就職活動を始めたんですが、結局内定をもらえたのがNHKだけだったと(笑)」

 

 NHKでは報道ディレクターとして7年間勤務。制作した番組も、化学物質汚染の問題や諫早湾の閉め切りといった、やはり環境問題が中心だったという。

 

「是枝さんと出会っていなければ、現在の道に進むことはなかったので、すごく感謝しています。彼とはもう20年来の付き合いなんですが、今回、初めてオフィシャルな形で関わってもらいました。私的には卒業作品みたいな気持ちです。いや、成人式ですかね(笑)」

 

 憧れの人と同じ仕事に就くことも、学生の頃から一貫して環境問題に取り組み続けることも、普通はなかなかできることではない。

 

「夢や目標は、強く想っていれば必ず実現するものだと信じています。今回の作品でも何度も製作資金が底をついて、ダメになりそうになりながら、なんとか完成までこぎつけることができました。まぁ、あきらめが悪いとも言うんですが(笑)。これは環境問題にも通じます。20年前、NGOの事務所では毎日のように、どうしたら日本人がゴミの分別ができるようになるかということについて議論が行われていました。ところが今や誰もが、燃えるゴミ、燃えないゴミに分けて捨てる世の中になりました。これって当時から考えると革命ですよね。そういう意味では私自身、何事もあきらめずに続けることの意味をすごく感じています」

 

考えるのではなく心で感じよ!

今回、映画の公開に合わせて制作されたものがある。iPhoneアプリの「水没カメラ」だ。このアプリを使って街などを撮影すると、自動的に水没した写真が生成され、見慣れた風景が海面に沈む様子を疑似体験することができる。さらには、その写真を地図ソフトの「Google Earth」上でマッピングできる投稿サイトもオープン。現在、日本をはじめ、世界各地の都市の水没写真がアップされている。

 

「昨年12月にデンマークで開催されたCOP15にウチの会社のスタッフが参加したんですが、絵ハガキを持ち帰ってきたんですね。絵柄には、コペンハーゲンの観光名所の人魚姫像が海に沈んでいる様子が描かれていました。それを見た瞬間、怖いという気持ちと同時に、私たちの身近な風景の被害が想像できれば、映画で取り上げた3つの島の被害についても、もっと共感してもらえるのではと考えたのです。こうした発想から水没カメラは誕生しました」

 

 できあがった写真を見てみると、楽しいけれども少し怖い。もちろんこれはあくまで疑似体験なのだが、どこか心に響くものがある。心で感じる――。それはこの映画、そして海南さんの想いでもある。

 

「今や環境問題に関する情報は世の中に溢れています。私が今回この作品を通して伝えたいのは、環境問題は頭で考えるのではなく、心で感じてほしいということ。あえて説明を入れずに、美しい日常の風景のありのままを描いています。気候変動のドキュメンタリーだからとあまり難しく考えずに、リラックスして地球の声や3つの島に暮らす人々の息づかいに耳を傾けてみてください」

 

 3つの島を巡る2時間の世界旅行がいよいよ始まる。その美しさが儚くも失われていく光景を見た時、きっと何かを感じるはずだ。

サイト

ドキュメンタリー映画 『ビューティフル アイランズ』

URL: http://www.beautiful-i.tv/

iPhoneアプリ「水没カメラ」

URL: http://itunes.apple.com/jp/app/id376621644?mt=8

水没カメラ・マッピング

URL: http://bi.mapping.jp/

 


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