岡山県北部に位置する真庭市は、岡山市から車で1時間半ほど、公共交通も1時間に何本かの単線の鉄道が走るだけの、山間部ののどかな地域です。
この山間部の真庭市では、市の観光連盟が「バイオマス」をテーマにしたツアーを実施し、現在年間2000人を超える集客を行っています。2006年末からスタートしてわずか5年。レジャーや観光からは遠いと思える「バイオマス」が何故人を集めるのか、その仕組みや背景などを探りました。
真庭市は8割を森林が占める森林資源の豊かな土地です。特に人工林が6割以上を占め、その中でも桧が7割を占めるという特徴をもっています。昔から林業や製材業が盛んで「美作(みまさか)桧」などの銘木産地としても有名でした。しかし、近年、国内の木材市場は低迷し、林業家は木を伐採して搬出しても、植林の費用さえ残らないという現状が続いています。
その中で、真庭市では製材時に出るおがくずや端材、樹皮といった以前は廃棄物となっていた素材も含めて、木材のバイオマスとしての価値を最大限に引き出す方法を他の地域より先行して試行錯誤していました。たとえば、市の製材業のひとつである、銘建工業では、製材の際に出るかんなくずを使って木質ペレットを製造したり、1984年から、工場内で使う電力をおがくずや木材チップを燃やして発電してまかなっていました。もちろん、木材の乾燥に熱利用も行っています。
欧米の木材業では、端材やおがくずをバイオマス資源として付加価値をつけて活用され、その売上が本業の2割を占めるほどになっています。そのような海外の活用例なども参考に、真庭市ではいくつかの企業が、早くから「木質系資源」の活用への先鞭をつけていたのです。
一方で、バイオマスが市のテーマとなっていく過程には、1993年に市の若い経営者などが集まり真庭の将来について考える「21世紀の真庭塾」の影響力も大きいものでした。
中国道の開通によって、真庭が通過点になってしまうのではないかという危機感から始めた勉強会でしたが、話し合いの中で「ないものねだりをしてもしようがない。目の前にある山の資源をまるごと利活用することだ」という意見にまとまり、バイオマスを市のテーマにフォーカスすることになったのです。真庭塾から経営者同士の交流も盛んになり、木質資源を有効活用した新しい商品開発やエネルギー開発などを行う「真庭バイオエネルギー」や「真庭バイオマテリアル」といった共同事業も始まりました。
このようにバイオマスの利活用が盛んになる中、真庭市でも市をあげてバイオマスの資源循環を行おうと2006年に「バイオマスタウン」の構想を立ち上げました。この中では、木質系バイオマスだけでなく、北部の蒜山高原の畜産業のバイオマス資源の利用など、木材資源以外にも利用を広げて行こうという構想が打ち出されました。
2006年ごろには、市内のバイオマス関連企業への視察が急増していたことから、真庭観光連盟に窓口を一本化し、市や関連企業と連携した「バイオマスツアー真庭」が本格スタートしました。
「ツアー当初は行政や研究者など専門家の方が多かったのですが、現在は学生さんや市民団体など一般の方の方が多い。また、特徴はリピーターが多いことです」真庭観光連盟 事務局次長の眞柴幸子さんはバイオマスツアーの参加者について説明します。
これまでは市内に30社あるバイオマス関連企業や市内のバイオマス活用事例を視察するコースが中心でしたが、参加者が一般まで広がる中で2011年からバイオマスの資源の元となっている森での体験学習を組み合わせた「真庭体験学習コース」も新設されました。
視察コースでは、市のバイオマスタウンの全体概要の説明を受けた後、バイオマス発電や木質燃料の製造現場、木片を使った製品開発の視察、公共施設でのバイオマスエネルギーの利用例などを見て回ります。一方、体験コースでは、山の現場を見たり、木材業の流通現場や、公共施設でのバイオマス利活用事例を見学します。2日目は林業体験や酪農体験など選択コースも豊富に展開しています。
参加者からは「行政と市民や企業が一体で町おこしに取り組んでいることに感銘を受けた」と言う感想が多く、地域の人達のバイオマスへの熱意がツアーの魅力そのものになっていることがわかります。
ツアーは、市内での昼食やお土産購入、近隣の温泉に宿泊したりと、経済にもプラスの面をもたらし、真庭観光連盟の試算では5年間で4億3千万円を超えるとのこと。それまで「バイオマスで人が来るのだろうか」と半信半疑だった市の人達も、その集客効果に驚く程です。最近では、ファミリー層や一般向けにバイオマスだけでなく、真庭の自然や文化を体験してもらうツアーを開発したり、「国内クレジット」を活用したツアーのカーボンオフセット化など意欲的なプランを次々と打ち出しています。
「バイオマスツアー真庭」は、このような成果が認められて、2009年に「新エネ大賞」の「経済産業大臣賞」を受賞しました。
「何よりうれしいのは、真庭市の人達が自分たちが住む地域に対して自信をもったことです」
眞柴さんは「バイオマスタウンで注目されることが、地域の人の誇りにつながっている」と言います。
「旅館の仲居さんにもバイオマスを語ってもらえるような、地域が一体となったツアーをめざしたい」と眞柴さんが言うように、地域の産業が観光と一体化して相乗効果を出す真庭の例は、他の地域の活性化にも大きな示唆を与えてくれるに違いありません。
取材・文/箕輪 弥生
写真/黒須 一彦
PROFILE
箕輪 弥生(みのわ やよい)
環境ライター・マーケティングプランナー、NPO法人そらべあ基金理事
新聞、雑誌、webなど幅広いメディアで、環境と暮らしをテーマにした情報発信や、環境に配慮した商品の企画・開発などにかかわる。著書に『エネルギーシフトに向けて 節電・省エネの知恵123』『環境生活のススメ』(飛鳥新社)『LOHASで行こう!』(ソニー・マガジンズ)などがある。自身も自然エネルギーや雨水を活用したエコハウスに住む。
オフィシャルサイト:http://gogreen.petit.cc/