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日本エネルギーパス協会会長 マンフレッド・ラウシェンさんにお話をうかがいました。
取材・文/温野まき
翻訳サポート/須賀幸子
撮影/小林伸司 (神永写真館)
資料協力/リフォーム産業新聞社
マンフレッド・ラウシェン(Manfred Raushchen)さん
1960年、ドイツ ドルトムント生まれ。1992年にドイツのNRW(ノルトライン・ヴェストファーレン)州政府によって設立されたエコセンターNRWの創立者。同センターの企業としての独立を経て、省エネ建築のパイオニアとしてドイツの建築業界に貢献。日本との関係も深まり、2011年、日本エネルギーパス協会設立とともに会長に就任。ドイツと日本を行き来し、建物の燃費を証明する「エネルギーパス」の普及に努めている。
建物に“燃費”の基準を適用する
いま、住宅業界で「エネルギーパス」というワードが注目を集めている。エネルギーパスとは、建物の燃費を表示する“モノサシ”であり証明書のことだ。
車を購入するときに燃費を考えるのは当たり前になっているが、住宅を借りたり、購入したりするときには“建物の燃費”を知る基準や数値がなかった。これまでも、省エネや断熱をウリにした住宅はあったものの、エネルギー効率や燃費の基準になる共通のモノサシがなかったので、比べることができなかったのだ。
エネルギーパスとは、一年間を通して快適な室温を保つために必要なエネルギー量のことで、床面積1㎡あたり◯◯kWh(キロワット時)必要というかたちで“建物の燃費”が数値化される。たとえば、30kWh/㎡の燃費性能をもつ床面積100㎡の家があるとすると、この家が一年間で必要とする冷暖房エネルギーは3000kWh。この家のエネルギーをすべて灯油で賄う場合は、一年間で300ℓの灯油が必要になる(10kWhの電気は1ℓの灯油と同じエネルギー量)という考え方だ。
せっかく省エネのエアコンを買っても、断熱性が低く、エネルギー効率の悪い家に住んでいたら、極端なことを言えば、窓を開けっ放しにしてエアコンを使っているようなものかもしれない。言い換えれば、建物への対策を十分にしておくと、設備の故障時や災害などによりエネルギー供給が途切れた時にも快適に過ごすことができる。
電気代がますます高くなっていくことを考えると、住宅であっても公共施設であっても“建物の燃費”性能アップは必須で、私たち生活者も建物の燃費性能をぜひ知っておきたいものだ。
不動産市場に生まれる新たな価値
環境先進国ドイツでは、2002年から、すべての新築住宅に年間のエネルギー消費量とCO2排出量の表示を義務付ける「エネルギーパス制度」が始まり、2009年1月からは賃貸・売買される既存住宅、2009年7月からは賃貸・売買・新築される非住宅建築物も義務の対象となった。また、EUでは2002年のEU指令に基づき各国が義務化を進めている。
遅れていた日本でも、ようやく昨年7月に日本エネルギーパス協会が設立され、“建物の燃費”という考え方が知られるようになってきた。
そこで今回登場していただくのは、エネルギーパス制度を提供している本家本元であるドイツ・NRW州にある建築研究機関エコセンターNRWの代表であり、日本エネルギーパス協会の会長でもあるマンフレッド・ラウシェンさんだ。ドイツと日本を行き来するハードなスケジュールのなか、30分ほどの時間をいただいて、ドイツやヨーロッパでのエネルギーパスの動向について聞いてみた。
「ドイツをはじめEUでは、物件の広告を出したり家を売ったりする際に、エネルギーパスというかたちで、その物件のエネルギー効率を表示することが義務化されるようになりました。これによって建物の燃費が“見える化”し、生活者が省エネという観点で住宅を選ぶようになってきています。現在ドイツでは、新築の建物には設計時にエネルギーパスが必要です。既存住宅の場合は、売却時や貸すときにエネルギーパスの提示が法律で義務づけられています」
日本でもいま、日本エネルギーパス協会が中心となって、エネルギーパスを発行しようとしている。たとえば、建築家や設計者は設計段階で理論値に基づいて計算し、エネルギー効率を最適化して建物をつくることができるようになる。既存の建物であっても、同様の計算で燃費を考慮してリフォームされる……つまり冷暖房・換気・給湯・照明にどれだけエネルギーが必要な家なのか、エネルギーパスによって一目瞭然になるのだ。
この制度が日本で普及すれば、電力などのエネルギーをなるべく使わない経済的な家を選びたいという人が増えて、不動産市場に“建物の燃費”という新たな価値が生まれることが期待される。
エネルギーとお金の節約につながる
ドイツではエネルギーパスはどのように広がったのだろうか。
「エネルギー効率に関する証明書の類が出てくることがかなり前から分かっていたので、比較的早く普及しました。一般の興味・関心が年々高まってきていましたし、特に家のオーナーや、大型の賃貸住宅を所有している人たちはしっかりと関心を持ってエネルギーパスについて調べていました。エコセンターNRWも当時たくさんセミナーを開催していましたが、いつも満員でした。法律でエネルギーパスが義務付けられた2008年には、すでに多くの人がきちんと知識を得ていたのです。まだ国民全員が知っているというわけではありませんが、新たに住居を借りたり、また中古物件を買ったりする際に、エネルギー効率を参考にし、エネルギーパスの取得の有無についてたずねる人達が増えています」
一方、日本では“住宅の燃費”という考え方は始まったばかり。エネルギーパスの普及にはまだ時間がかかるかもしれない。
「そうですね……私はよく日本に来てはいますが、日本で普及にどれくらい時間がかかるかはみなさんの方がよくご存じでしょう。ただ日本ではいま、各方面で多くの人がエネルギーに非常に大きな関心を寄せていますね。ですから、導入にはよいタイミングではないかと思います。私たちのセミナーに対する関心も相当大きいですし、企業を訪問すると、みなさん非常に関心を持っておられます。エネルギーの節約や環境保護を重視して、とにかくCO2を削減したい、環境保護のためになることをしたい、という考えからモチベーションを得ている人もいると思います。ただ、多くの人は、お金の面で最も関心を示すと思います。そういう人たちに向けては、エネルギー効率のよい家を作れば節約になる、という呼びかけをしています。省エネ住宅に30年住めば結果的に冷暖房費がかなり削減できるからです。エネルギー効率を上げるためのリフォームも大いにやるべきです。最初に投資しておくことで、長期に渡って省エネが可能になるので、経済的側面でのアピールはとても大事です」
中国でも採用され、世界のスタンダードになりつつある
日本版エネルギーパスは、どのように発行されるのかが気になるところだ。
「我々ドイツのエコセンターNRWは、日本エネルギーパス協会にドイツの技術と知識を提供し、普及のための人材育成カリキュラムとエネルギーパス作成プログラムを構築しました。3日間の研修受講によってライセンスを取得した人に、エネルギーパス作成ツールを無償提供します。作成されたエネルギーパスは、日本エネルギーパス協会の第三者認証制度によって認定されることで正式なエネルギーパスとして発行され、表示が可能になります」
日本での普及のカギは、ドイツやEUと同様にエネルギーパスが法令化されるか否かにかかっている。
「もちろんです。法令化されればよりよいに違いありません。私もこれまでに既に2度、国交大臣と懇談の機会を持ったのですが、非常に大きな関心を示してくださいました。ですから法制化される可能性もあると思います。もし法律にならない場合でも、日本エネルギーパス協会の活動は普及の一助になるでしょう」
すでに中国でもドイツ式のエネルギーパスが採用されるというニュースが入ってきている。今後はアジア圏も含め世界中で、エネルギーパスが住宅の燃費のモノサシになっていくかもしれない。
「中国もドイツの助けを得て採用されることになったのですから、アジアや他の世界中の国々で統一性のある証明書を作ることは難しくないと思います。しかし、証明書に記載される算定項目の統一は、実はさほど重要なことではありません。それぞれ国によって気象などの条件が異なるからです。それよりも大切なのは、建物のエネルギー効率の最低基準を確定できるような、一定のスタンダードとなるような算定方法を確立することです」
エネルギー転換への投資で経済を元気にする
現在、日本では企業の業績悪化から、新たな雇用創出が課題となっている。エネルギーパスの導入は、建築やリフォーム業界の雇用創出につながるだけでなく、電力供給の在り方を見直し、太陽光発電や熱利用、蓄電システムなどの再生可能エネルギー技術の普及に拍車をかけそうだ。
「ドイツでは過去20~30年に渡ってエネルギー転換は雇用を創出し、新しい産業を生み出してきました。いま、日本で起こっている問題をプラスに転換していかなくてはなりません。再生可能エネルギーを拡大し、エネルギー効率を上げるための投資が必要です。投資を行うということはお金の動きが生まれるということです。これは経済によい影響を与えます。日本は資源に乏しい国ですが、風や太陽などをエネルギー源として活かせれば、これまで輸入に頼っていた石油、ガスなどを購入する必要がなくなり、お金を節約でき、その分を自国の産業に回せます。たくさんのお金を節約することで、経済的な対策を立てることができるようになります。ドイツの現状はそのようになっており、投資の90%は経済効果を生んでいます」
ひょっとして、燃費の悪い家に住まわされて、どんどん電気を使いなさい、とエネルギーの無駄遣いを推奨されてきたのが、いままでの私たちの暮らしだったのかもしれない。気がつけば狭い国土に原発が54基も建ち並び、世界一電気を使っていると言われる国になってしまった。それがいま足かせとなって、暮らしだけでなく、国の経済をも圧迫しつつある。
燃費の悪いアメ車的ライフスタイルから、日本が得意とする省エネ技術力を集結したエコカー的ライフスタイルへの転換が求められている。車や家電の省エネ化は進んだ。次は、エネルギーを浪費する家や建物そのものを変えていきたい。
ラウシェンさんの話を聞いて、日本でも不動産広告や賃貸情報に、建物の燃費がわかる「エネルギーパス」が記載される日は遠くないと思えた。
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髙野昌訓 (金曜日, 11 5月 2012 03:56)
とてもわかりやすいお話でした。今は違うんでしょうが『アメ車』は燃費が悪い車の代名詞でしたが、(特に先進国の中で)『日本の住い』が燃費の悪い家の代名詞にならないようにしないといけませんね。
特定非営利活動法人エコロジーオンライン (金曜日, 11 5月 2012 10:21)
高野さま
コメント、ありがとうございます。これまで見過ごされてきた家の燃費について、今後も注目していきたいと思っています。今後も、忌憚のないコメントをお待ちしております。