背丈の伸びた緑の枝先に、黄色い和綿の花が咲き、あちこちで茶色のコットンがはじける。福島県いわき市でこの春から始まったオーガニックコットンプロジェクトの畑のひとつだ。
いわき市では、この春から市内15ヵ所、計1.5haで有機栽培による和綿の栽培を始めた。市内の地元農家だけでなく、首都圏から毎週のように多くのボランティアが訪れて、地元の人と交流しながら種まきから草取りまで手伝っている。初めてのコットン栽培は地元農家の方にとっても手探りだが、オーガニックコットンをいわきの希望の綿として育てようという思いは強い。
いわき市も昨年の東日本大震災以来、農林水産業や観光業など甚大な被害を受けた。特に地元経済を支えてきた農業生産者は放射能汚染などによる風評被害により苦境に立たされている。
「作っても売れない。頑張れば頑張るほど捨てる量が多くなる」
いわき市で農業を営んできた木田源泰さんは現状を説明する。
「とにかく今のままではどうにもならない。新しいことをしないとだめだ」
木田さんのそんな思いはいわき市の多くの人が感じていることなのだろう。
いわき市には東日本大震災後、放置される農地が増えている。確かに周りを見渡しても、稲穂がたわわにゆれる黄金色の田んぼと、雑草が高く育つ耕作放棄地が隣あわせになっている。
この広大な土地をうまく活用できる新しい作物は何か。その答えのひとつがオーガニックコットンだった。
風評被害に負けない持続可能な作物を
オーガニックコットンは塩害に強く、津波被害にあった耕作地でも育てられる。また比較的セシウムなど放射性物質の移行係数も低いという。また、直接食べる農作物より加工度の高い繊維の原料としてのコットンは消費者の需要度も高いはずだ。
さらに、いわき市ならではの事情もある。ここは福島第一原発から近い双葉郡8町村から避難してきた人が2万8千人もいる。その中には帰るにも帰れず自分の農地からも引き離された農家の人達も多い。彼らの雇用を考える必要性も出てきている。
「オーガニックコットンプロジェクト」はこのようないわき市の遊休農地を利用し、風評被害に負けない持続可能な作物を栽培しようという市民の気持ちから生まれた。
このプロジェクトの中心となっているのがNPO法人ザ・ピープル理事長の吉田恵美子さんだ。
吉田さんは元々いわき市で古着のリサイクル事業を行っていた。しかし、東日本大震災後、回収した古着から津波被災者が必要とする防寒具や靴を提供したのを皮切りに、救援物資の配布、自炊による炊き出しなどでの避難所支援をスタートさせた。その後「いわき市小名浜地区復興支援ボランティアセンター」を開設し、継続してさまざまな被災者支援事業を実施している。
オーガニックコットンプロジェクトは、休耕地で有機農法により綿花を栽培し、紡績から製品製造、販売、リサイクルまでの循環システムを構築し、雇用を創出し、環境に負荷をかけない「衣」のサイクルを作ろうというものだ。吉田さんが元々行っていた古着事業にもつながる環ができる。
「繊維が生まれる綿づくりから、最後のリサイクルまで一貫してできることに意味を感じる」と吉田さんは語る。
春からの綿花づくり作業では、ボランティアのリピーターも生まれ、被災地での援農体験を通じていわきの農場生産者との交流が深まり、理解者や支援者も増えつつある。
「コミュニティ電力」や「復興ツアー」とも連携して新しいいわきを
地元の異業種との連携も見え始めた。たとえば、いわき市の豊富な自然資源を活用した市民の手による自然エネルギー事業だ。コットンなどの畑の上にソーラーパネルを設置する「ソーラーシェアリング」や、市民ファンドを利用した耕作放棄地での市民によるソーラー事業などはすでに構想ができはじめている。
また、温泉熱の利用やいわき市の7割を占める森林資源、河川や用水路の水力利用、洋上風力など、いわきの未利用の自然資源は無尽蔵に近い。これらの自然エネルギー利用はNPO法人インディアン・ヴィレッジ・キャンプが中心となり「いわきコミュニティ電力」事業としてスタートしている。
さらに、前述したオーガニックコットン畑の体験農業や自然エネルギーなど、震災を機に生まれた新しいいわきを体験する「いわき復興スタディツアー」(NPO法人ふよう土2100主催)も始まった。
震災前から地域づくり活動を行ってきた吉田さんをはじめ、地元のキーマンがタッグを組み新しいいわきを作ろうという試みだ。
もうすぐオーガニックコットン畑では本格的な綿の収穫期となる。来年には1.5haの畑から1200kgの綿を収穫し、テキサスのオーガニックコットンと混紡し、約3万枚のTシャツを作る予定だ。
オーガニックコットンは、農薬や化学肥料を使わず、一般的な綿の生産過程で使われるような枯れ葉剤や漂白剤、化学染料、柔軟剤などさまざまな化学物質を使わない。そのため、年月がたつにつれ土壌も豊かになり、農作業をする人にも着る人にも安全な素材が提供できる。
また、日本で使われているオーガニックコットンは輸入がほとんどで、日本での和綿の有機栽培は希少なものとなる。何よりいわきで作られるオーガニックコットンはみんなの思いがつまっている。
小さな綿の種がいわきの再生の第一歩となる日が今から待ち遠しい。
取材・文/箕輪弥生
いわきオーガニックコットンプロジェクトについてはこちらから
NPO法人ザ・ピープル http://www.iwaki-j.com/people/
NPO法人インディアン・ヴィレッジ・キャンプ http://indian.vc/
NPO 法人ふよう土2100 http://blog.canpan.info/npo-fuyodo2100/
いわきオーガニックコットンを体験できるツアーの情報はこちらから
エコツーリズムネットワーク リボーン http://reborn-japan.com/
グリーンバード 被災地支援 http://www.greenbird.jp/team/sendai_sien/
絆ジャパン復興支援チーム http://ameblo.jp/hakuyukai/
PROFILE
箕輪 弥生(みのわ やよい)
環境ライター・マーケティングプランナー、NPO法人そらべあ基金理事。新聞、雑誌、webなど幅広いメディアで、環境と暮らしをテーマにした情報発信や、環境に配慮した商品の企画・開発などにかかわる。著書に『エネルギーシフトに向けて 節電・省エネの知恵123』『環境生活のススメ』(飛鳥新社)『LOHASで行こう!』(ソニー・マガジンズ)などがある。自身も自然エネルギーや雨水を活用したエコハウスに住む。
オフィシャルサイト:http://gogreen.petit.cc/
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