映画祭を通じて伝える、有機農業のもつ可能性

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国際有機農業映画祭、運営委員会代表の大野和興さんにお話をうかがいました。

 

取材・文/中島まゆみ

写真/黒須一彦

大野和興(おおのかずおき)さん

1940年、愛媛県生まれ。日本農業新聞記者を経て、フリーの農業ジャーナリストに。全国の農村やアジアの食と農について精力的に取材を続ける一方、国際有機農業映画祭運営委員会代表、インターネット新聞『日刊ベリタ』代表・編集長、脱WTO草の根キャンペーン実行委員会事務局長、アジア農民交流センター世話人なども務める。『アジア小農業の再発見』(以上緑風出版)、『あぶない野菜』(めこん)、『日本の農業を考える』(岩波書店・ジュニア新書)、『百姓が時代を創る』(以上七つ森書館) など多数の著書・共著・編著をもつ。

 

日刊ベリタ http://www.nikkanberita.com/

大野和興の「農業資料室」 http://www.the-journal.jp/contents/ono/

 

有機農業を掲げる映画祭のパイオニア「国際有機農業映画祭」

「こんな世の中、ひっくり返さなあきまへん」。そんな刺激的なタイトルを掲げた映画祭がある。来る12月16日(日)に法政大学市ヶ谷キャンパスで開催される「国際有機農業映画祭」だ。『花はどこへいった』『未来への診断書』『地域のタネを守る』など国内外の農業に関するドキュメンタリー映画がずらりと並ぶ同映画祭は、今年で開催6年目。最大動員数700人を誇る、知る人ぞ知る映画の祭典として関係者の間での評価も高い。

 

「当時はまだこういう映画祭があまりありませんでした。6年前の初開催のとき、僕は最年長だからという理由で代表にさせられたんだけど、結構みんな熱が入っちゃって、映画数もめいっぱいで上映したんです。ちょうど『自然農法 わら一本の革命』の著者・福岡正信さんが亡くなった直後というのもあって、追悼の意味も含めて関連する映画やシンポジウムも一緒にやったところ朝から長蛇の列でね。頭を下げて帰っていただいたりもしました。それで気を良くしてしまって、これまで続いてきたんですよ」

 

 映画祭をつくりあげる運営委員会のコアメンバーは、大野さんを含めて15人弱。11~12月の開催時期に合わせ、春の足音が聞こえる3月頃から上映作品のセレクトを始める。5月に最初の試写を行い、具体的な上映作品を絞っていくのと同時に、上映が決まった海外の作品は自分たちで翻訳・字幕付も行う。暑い盛りの8月にはチラシづくりがスタートし、11月の開催に向けてまた忙しくなるというサイクルを繰り返す。

 

「なんだかんだいって一年中動いている感じですが、続けていくうちに関わってくれる若い人たちも増えてきたので、今ではほぼ任せてしまっています。なにせ手弁当でゆるゆるとやっているので、仕事が特定の人に偏らないようにどう分担するかいつも悩んできましたが、今はうまく機能していると思いますよ。大変だった会場選びも、今年は知人の法政大学教授の協力で法政大学サステイナビリティ研究教育機構と共催することができ、大学の施設を借りられることになって一安心です。来年以降もぜひと思っています。この2つを心配せずにすむようにするのが僕の映画祭での最後の役目です」

 

有機農業は、混沌とした今を変革するキーになる

 有機農業や環境問題をテーマに啓発を続けてきた国際有機農業映画祭も、311の原発事故を境に事情が一変する。

 

「数十年かけてつくりあげてきた消費者との関係が一瞬で消えてなくなり、売り上げゼロという有機農家が多数出てしまった。これまで有機農業がつくりあげてきた価値観や人と自然との関係性、人と人とのつながりを放射能は暴力的に断ち切ってしまったんです。ただ、そういう現実がある一方で、悲観してばかりもいられません。有機農業のもつ優位性を今もう一度見直さなければ、100年戦争ともいわれる放射能汚染の問題は克服できません。両方をきちんと伝える映画祭にしたいという想いを込めて、昨年は『それでも種をまく』というテーマで、自主映画も撮って上映しました」

 

 事故から1年8ヵ月たった今、大野さんが例えた「100年戦争」さながら、状況は良くなるどころかますます悪くなっている。

 

「戻ってこないんですよ。関係を築いてきた消費者が、全く。除染の新しい技術も日々生まれているんですが、どれもあまり使い物にならないと現場では言っています。土を剥げと言われてもなかなか剥げませんよ。遅々として状況が改善しないなか、再稼働はされるは、TPP加入が現実味を帯びてくるはで先行きがますます怪しくなっています。こういう世の中全体を有機農業でひっくり返そうというのが今年のテーマ『こんな世の中、ひっくり返さなあきまへん』なんです。拳を振り上げて戦うのではなく、あくまでゆるゆると、じわじわと、土をつくり、いきものと対話し、世の中を変えていきたいというスタッフの願いが詰まっています」

 

 今回の上映ラインナップは大きく3つの流れで構成されている。ひとつは、水俣病やベトナムの枯れ葉剤、福島の放射能など、戦いの中で苦しんでいる人たちにスポットをあてた映画。もうひとつは、有機農業に欠かすことのできない土や雑草などに焦点を絞った、有機とは何かを知るための映画。そして最後は、ハチの大量死や大量発生する害虫をテーマにした、近代化学農業では解決できない問題を扱う映画だ。同時開催するシンポジウムも含め、一挙12作品を1日2会場で上映する。

 

農とともに歩んできた50年

 6年にわたり国際有機農業映画祭を牽引してきた大野さんのバックグランドには、ずっと農業がある。生まれは、高知県との県境にある愛媛県内陸の村。そこで農業と山仕事を兼業する家に産声をあげた。

 

「小さな村で、持っていた田んぼや畑も2~3反の耕作面積しかありませんでした。でも、家族が1年間食べる米や麦、トウモロコシなんかはとれたし、当時は焼き畑もやっていたのでそこで雑穀も育てて食べたんですよ。日本の農村には田んぼがない場所もたくさんあったので、主食が食べられて恵まれていたんじゃないでしょうか」

 

 大学は、現在の島根大学農学部の前身、県立島根農科大学に進学。学校が60年安保闘争の地域拠点だったことも手伝い、先頭だって活動した。大学を卒業すると今度は入社した日本農業新聞で、約10年の勤務期間の半分以上を労働組合づくりに費やす。

 

「当時は労働組合がなくて、残業代も出ないし、活版工程で発生した鉛中毒に対する補償もなかった。これはダメだと思って労組をつくったんです。5年くらいはほとんど仕事せずにそっちにかかりっきりだったかな。輪転機を3日間止めるストもやりましたよ。でも頑張ったおかげで、男女同一賃金、同一年齢同一賃金を実現したりと、労働賃金体系を全て整えることができました。当時の新聞労連でも最高クラスの先進的な内容だったんじゃないかな」

 

 その後は農業や食の問題を扱うフリーのジャーナリストに転身し、日本全国を歩いて精力的な取材・執筆活動を展開。一時は、農業TV番組のキャスターを務めたこともあるという。農業がグローバリゼーションの波にのまれはじめた80年代からは、世界の情勢、とりわけアジアに目を向けるようになり、タイ、フィリピン、インドネシア、韓国などを中心に何度も海を渡った。

 

「80年代はGATTウルグアイ・ラウンドで自由貿易が強化されるようになって、日本の農業だけを見ていたのでは流れがわからなくなっていきました。急激に海外の影響を受けはじめたんです。日本だけではありません。アジアやヨーロッパでも、土地土地で古くから行われてきた農業が軒並みやられていくなかで、有機農業は、それを守っていくための有力な武器だと思ったんです」

 

 

農家が生きていける仕組みをもう一度

 映画祭のこと、自身のことを話すなかで、大野さんはよく笑う。激動の安保闘争を走り抜け、労組づくりで企業と戦い続けてきた行動力を支えるのは、熱くたぎる闘志ではなく、したたかで静かな正義感なのだと伝わってくる穏やかで心地よい笑い方だ。それは、農業のもつ確かな流れと似ている。

 

「僕は有機農業万能論者じゃないんです。対立軸は有機農業か慣行農業かではなく、企業が行う農業か農民による農業かだと思っています。その農民が農で生き抜くために、思想的にも技術的にも有力な武器になるのが有機農業だと。農家が人間としての尊厳をもって農業で生きていける仕組みに戻すことが僕の理想です。そのためには農産物価格政策論なんかをもっとやらないといけないんですが、それはWTO違反だからと農業政策から消えてしまった。その流れを拡大してしまうTPPも阻止したい。でも、あくまでも“ゆるゆると”です。農業のもつロマンチズム、楽しさ、自然との共生の豊かさから、グローバリゼーション全盛の今の世の中のひずみを変えていく希望を映画祭で感じ取ってもらえたらうれしいですね。よくばりすぎかな?」

 

 そう言ってまた笑う。

 

 今年72歳になるという大野さんの人柄は、人を惹きつけてやまない。50年にわたって交流を続けてきた日本各地の農家たちから、「何度やってもいいじゃないか」といまだに古希祝いの誘いが絶えないそうだ。国際有機農業映画祭の運営委員会に集う若者たちもそんなことを感じながら、大野さんと映画祭をつくりあげているのだろう。

 

 来月。ゆるゆると続く農の営みのように、今年もまた映画祭が幕を開ける。

第6回 国際有機農業映画祭2012 「こんな世の中、ひっくり返さなあきまへん」

開催日時: 2012年12月16日(日)10:05~

開催場所: 法政大学市ヶ谷キャンパス外濠校舎 薩埵ホールおよびS505教室

参加費:

一般前売り1800円(12月1日まで)、一般当日 2500円

学生または25歳以下 1000円、15歳以下(要申し込み)無料

申込先: http://yuki-eiga.com/entry/entry.html / 03-4333-0813(fax)

お問い合わせ:

〒169-0051 東京都新宿区西早稲田1-9-19-207

国際有機農業映画祭事務局 info@yuki-eiga.com / 03-4333-0813(fax)

 

国際有機農業映画祭 公式HP  http://www.yuki-eiga.com/

 

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  • #1

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