日本の森を元気にするForest Goodという取り組みを手がけていることもあって、森をめぐる相談の場に駆りだされることが多い。
林野庁の担当者の相談に乗っている案件もある。それがエゾシカ革の販売支援の話。
北海道の新得という町に行くと生産の現場が見られるというので冬になる前に訪問してみることにした。町役場に連絡をすると台風10号の被害の対応で大変忙しいとの返事だった。
東北の太平洋岸に上陸するという、かつてない動きをした台風10号が、北海道に被害をもたらしたということは聞いていた。だが、新得町で被害があったことまでは知らなかった。あくまでも復旧の仕事を優先してくださいと返し、今回の訪問は無理かもと半ばあきらめかけた。そんなときに5日なら対応ができるとの連絡があった。他のスケジュールから考えて午前中であればなんとかなる。そんなわけで強行軍のスケジュールを組むことになった。
帯広から新得町にいく鉄道が分断。国道も通行止めに。
前日の仕事が早めに終わり、新得町に向かう鉄道を確認しようと思って帯広駅に向かう。JR職員に確認すると新得町までの鉄道は復旧してない。朝なら学生の通学用に途中からバスが出ているとのこと。帰りの足が不安なため鉄道はあきらめてレンタカーを借りて新得町に向かうことにした。
帯広の町を抜け新得町に向かう。その国道も30分ほどで通行止めとなってしまう。側道で現地に向かおうとするが被害の大きかった清水町では一般道でも通行止めが多く思うように走れない。
新得へつながる国道から外れることになった清水町には素晴らしい欧風庭園を持つことで知られる北海道ガーデン・十勝千年の森がある。優秀な庭園デザインを表彰する英国のガーデンデザイナーズ協会(SGD)賞で、日本では初となる最高位の大賞「グランドアワード」に輝いた。せっかくなので「最も美しい庭」「21世紀のガーデンデザインの最良の例」と絶賛されたという「アース・ガーデン(大地の庭)」と「メドウ・ガーデン(野の花の庭)」をこの目で確かめに行くことにした。
気候変動による異常気象か!? 台風被害に襲われた「大地の庭」
十勝の大自然を生かしてつくられた十勝千年の森を訪れると、園路やガーデン内の一部が増水などの影響で立ち入りが出来なくなっている。そのため入場料金も通常料金の半額だ。窓口の女性に聞くと園内を流れる小川の水が氾濫して橋が落ちてしまい、アクセスができないエリアが出ている。実際にこの地方でこんな大雨による被害を体験したことはないという。
十勝千年の森は、放置されたカラマツ林に手を入れ、自然な森林に戻したり、自然淘汰による力強い森の創出を目指す森づくりが行われている。あるがままの自然の魅力を体感させながら、人の手の入った評価の高いガーデンに身をゆだねることで、時間に追い回される現代人に癒しを提供する。しかし自然は残酷だ。ひとたび牙をむくとそんな人間の思いをひとたまりもなく吹き飛ばしてしまう。
だが、世界的な評価を受けた「アース・ガーデン(大地の庭)」と「メドウ・ガーデン(野の花の庭)」は無傷で残された。熟練したランドスケープデザイナーの手によって、空、光、雲、山、風、緑などの自然が目の前で芸術作品のように織り上げられ、刻一刻と変化していく。そのエネルギーに身をゆだねると自然の傷跡も含め、大きな愛に包まれた気分になる。
森を守るために犠牲になる生命を大切に育てる。
翌朝、新得町の町役場の担当者の案内で、当初の訪問目的であるエゾシカの事業にかかわる場を見学させてもらう。訪れた先は新得町の中心部からクルマで40分ほど離れたトムラウシ地区で活動する株式会社ドリーム ヒル・トムラウシ。エゾシカを生きたまま捕獲し、養鹿牧場で育てる過程を経て、精肉加工を行っている。
全国各地でおきる鳥獣害のなかで気候変動に大きな影響を受けているのがエゾシカの食害だ。北海道の厳しい自然のなかでは大雪が降ると弱い個体たちは越冬するのが難しかった。しかし気候変動による暖冬傾向でそんな大雪は少なくなり、増加するエゾシカたちが木々の樹皮を食べてしまうことで木を枯らす食害が目立つようになった。
ここ、トムラウシ地区もその例外ではなく、エゾシカを捕獲して頭数をコントロールをしながら、えぞ鹿肉の加工・販売などを手がけてきた。そこで問題になるのが食肉加工の際に出てくる皮の処分だ。エゾシカによる被害を減らすという目的はあるものの、自然の命を奪うことに変わりはない。命が与えてくれる恵みのすべてを余すところなく活用したい。そのためにえぞ鹿肉の事業以外に皮の活用も手がけてきた。
自然のなかで生きてきたエゾシカの皮には大小の傷があるのが当たり前だ。工業製品のような品質をのぞむことはできない。エゾシカの原皮は一頭あたりおよそ600円。原皮といってもナマモノだ。保管をあやまると皮の品質が損なわれる。そこで保管にも気を使わざるを得ない。そこまでして販売して600円では割りにあわない。それなら捨ててしまおうと考える事業者も多い。
そこで高倉さんたちは、原皮を安く販売するより、養鹿したエゾシカ革の質の良さを理解してもらう努力と、傷がある部分についてはポケットティッシュペーパーカバーや、名刺入れなどのクラフト商品として加工。消費者に直接販売することで利益を大きくしようと考えた。
気候変動の影響をいかに地域の活力に転換するか。
クラフト商品の流通はまだ地域内に限定されている。高倉さんたちは自らが講師を務めるイベントでの活用を手がけつつ、新たなる販路の拡大にチャレンジしている。
そのほか、新得町のふるさと納税の返礼品としてエゾジカの缶詰を商品化する企画も進行中だ。新得町内の地鶏やジャージー牛の生産者などと連携し、トムラウシ地域内にある施設に缶詰の加工場を整備中だ。
新得町は台風10号の被害で川が増水し、いくつかの橋が流された。そのせいで一人の方が亡くなり、いまだに札幌につながる鉄道は復旧していない。追い打ちをかけるように名産のそばの実が台風の強風に吹きとばされ、収穫は例年の半分に落ち込んでいるという。
今回の訪問で大雨でこんなに被害が出るなんて信じられないという声が多かった。冬に降る雪が圧倒的に少なくなったことを体感している人も多い。
そうした気候の変化に深く関係するのが地球温暖化だ。その進行をくい止めるためには、森を健全に保ち、温室効果ガスの二酸化炭素をたっぷり吸収する森をつくることが必要だ。木々がしっかりと育った森は土砂崩れにも強く、気候災害の抑止効果もある。その森を守るためにエゾシカの食害を減らさなければいけない。だが、森を守るために使われる税金は先細りすることが予想される。その事業に関わる人たちが自分たちの手で持続的な利益を生み出せる仕組みへと変えることが重要だ。
傷がある革製品を手にしたとき、これは不良品だねと決めつけてはいないだろうか。自然から生まれた証として、その傷をポジティブにとらえることはできないだろうか。都市に住む私たち消費者がそうした想像力をもってモノを選べば持続的な収益が山側にかえっていく。それぞれは小さくても多くの人が意識を変えれば森を守る活動を支えることができるはずだ。そのために彼らのような取り組みを多くの人に伝えていく役割をエコロジーオンラインでもがんばっていきたいと思う。
<参照リンク>
北海道ガーデン・十勝千年の森
新得町
取材・文 / エコロジーオンライン理事長 上岡 裕
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