昨年11月、パリで同時多発テロが起きた。
その日はパリ郊外にあるサッカースタジアム、スタッド・ド・フランスで男子サッカーのフランス対ドイツ戦が行われていた。大観衆がパニックになることを狙ったのか、スタジアム入り口や近くのファストフード店で爆発音が響く。自爆テロによって4人が死亡し、1人が巻き込まれて亡くなっている。
パリ市内ではレストランが襲われる。ロックコンサートが行われていたバタクラン劇場では銃が乱射され、テロリストたちが観客を人質に立てこもった。フランス国家警察の特殊部隊の突入で犯行グループ3人のうち1人が射殺され、2人が自爆により死亡。彼らによって89人が殺害され、多くの負傷者を出した。
テロの恐怖を乗り越え世界が一つに!パリ協定成立
この事件の2週間後、国連気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)がパリで開催された。フランス政府はテロリストの侵入を防ぐため、非常事態を宣言。国境を封鎖し、市民の無用な外出を控えさせた。
気候変動の国際会議には首脳クラスの代表団とともに世界中からNGO、市民も参加する。積極的な温暖化対策の推進を後押しするため、市民によるデモやパフォーマンスも実施される。そうしたイベントの多くがテロによる混乱のなかで中止を余儀なくされ、会議自体の成功にも暗雲が垂れ込めた。
そうした障害を乗り越えてパリ協定が誕生した。この協定には190を超える国々が参加。平均気温の上昇を産業革命前の2度未満に抑えることを共通課題とすることを合意し、さらに1.5度未満に抑えることも追及することになった。
参加国が自国の利害を主張し合っていても議論がまとまらない。気候変動によって被害を受ける地球市民として考えると利害が一致する。この協定が成立した背景に国境を越えて手をつないだNGOや市民たちの国境を越えた躍動があった。
パリ協定に水を差すトランプ氏の勝利
10月初旬、55か国以上の国がパリ協定を批准し、温室効果ガスの総排出量の55%を超えた。そのため、協定成立からわずか11か月という短期間でパリ協定が発効することとなった。この発効に関して、国連、各国政府、NGOだけでなく、多くの人が関わった。その一人にアカデミー賞俳優で国連平和大使として活躍するレオナルド・ディカプリオ氏もいた。彼は4月22日にューヨークの国連本部で行われたパリ協定の署名式にも参加。世界各国の代表者たちに気候変動問題解決のための速やかなアクションを呼びかけた。
パリ協定の発効は11月4日。それを祝うようにディカプリオ氏が製作した「地球が壊れる前に」という映画が無料公開された。この映画には、気候変動をめぐる世界情勢や、科学者たちによる未来予測、絶滅に瀕した生物や生態系などへの影響が描かれ、オバマ大統領や潘基文国連事務総長、ローマ教皇フランシスコなどとの対談も含まれていた。
この映画の無料公開が終了した日にアメリカ大統領選の結果が出た。多くのメディアは温暖化防止に熱心だったオバマ政権を引き継ぐクリントン氏の優勢を伝えた。だが、アメリカ国民はトランプ氏を選ぶ。彼はこれまで地球温暖化は中国によるでっち上げだと主張してきた。オバマ政権が手がけてきた環境対策を白紙に戻すことも公言している。
トランプ新政権の誕生で結束する世界
こうした状況のなかでモロッコのマラケシュでパリ協定のルールを決めるCOP22が開催された。そこで採択されたのが「マラケシュ行動宣言」だ。
参加した196以上の国々が「温暖化は異常かつ前例ないペースで進んでおり、私たちには速やかに対応する義務がある」と訴え、最大限の政治的な努力が不可欠だとする強いメッセージを世界に届けた。
トランプ氏が選挙戦でやり玉にあげた難民問題も温暖化による干ばつで貧困が進んだ地域が政情不安定になった結果だという指摘もある。温暖化の防止はさらなるテロの蔓延を抑止する。自国だけ温室効果ガスを出し続けて発展しようとしても地球は待ってはくれない。さらなる同時多発テロが起きる可能性も増大する。そんな悪循環を断つために世界は一つになる努力を始めた。微かな希望の光を失わないためにも、私たちはパリ協定の行く末を見守り続ける義務がある。
文 / 上岡裕
(協力:日本住宅新聞)
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