WWFジャパンがこのほど『脱炭素社会に向けた長期シナリオ2017』をまとめた。昨年発効したパリ協定を受けて、2050年までに自然エネルギー100%とするシナリオを盛り込むなど、かなり踏み込んだ提言だが「決して荒唐無稽な数値ではない」と、WWFジャパンの山岸尚之氏。脱炭素社会に向けて具体的にどのような取り組みが必要とされるのか、山岸氏にシナリオを解説してもらった。
脱炭素社会の実現に向け、国際的なアプローチに加え、今後は、日本各地の地域活動団体と連携し、より身近な地域課題と結びつけた取り組みも進めていきたいという。
山岸 尚之(やまぎし なおゆき)
WWFジャパン
自然保護室次長兼気候変動・エネルギーグループ長
1978年生まれ、 神奈川県出身
1997年立命館大学国際関係学部入学。
同年にCOP3(国連気候変動枠組条約第3回締約国会議)が京都で開催されたことをきっかけに気候変動問題をめぐる国際政治に関心を持つようになる。
2001年3月同大学卒業。同年9月からアメリカ・マサチューセッツ州、ボストン大学大学院にて、国際関係論・環境政策の修士プログラムに入学。2003年5月に同修士号を取得。卒業後、WWFジャパンの気候変動担当オフィサーとして、政策提言・キャンペーン活動に携わるほか、国連会議での情報収集・ロビー活動などを担当。2011年より現職。
取材・文/大川原通之
写真/上岡 賢
現実的な取り組みで100%自然エネは実現可能
気候変動枠組条約のもと、すべての国が参加する地球温暖化に取り組むための国際的枠組「パリ協定」が昨年11月に発効した。
世界の平均気温の上昇を2℃より充分低く、できるなら1.5℃までに抑えることを目指し、今世紀後半には温室効果ガスの排出量をゼロにするという目標を掲げている。
日本は、温室効果ガス排出量を、中期目標として2030年度に2013年度比で26%削減、長期的目標として2050年までに80%削減することを掲げているが、この数値目標に対しては賛否が分かれるところだ。
パリ協定はまた、各国に温室効果ガス削減の「長期戦略」の策定を求めており、環境省、経産省がそれぞれ検討を進めている。
「日本が国際社会で先進的な役割を果たそうとするならば、今世紀後半よりさらに早いタイミングで温室効果ガス排出量ゼロに取り組むことが必要。2050年までという長期のタイムスパンを掲げるのであれば、WWFとしてもある種のオルタナティブビューとして、若干思い切ったものを描いてみた」
そう語るのが、WWFジャパンが今年2月に発表した『脱炭素社会に向けた長期シナリオ2017』だ。2050年までに日本のエネルギーがすべて自然エネルギー(再生可能エネルギー)で供給されることを前提にした『100%自然エネルギーシナリオ』と、政府目標の「50年までに80%削減」を達成することを前提とした『ブリッジシナリオ』の2つのシナリオを提言している。
パリ協定が指し示した方向性は、端的に言えば〝脱炭素〟。それに日本が率先して取り組んでいくというビジョンを表すのであれば、「100%自然エネルギーの社会を目指すということではないかと。それを具体的な数字で描こうと研究者の方々に依頼してまとめた」。
ビジョンを描く具体的な根拠として、日本にどれだけの自然エネルギーのポテンシャルがあるのか調べるとともに、どれだけ省エネルギーの可能性があるか具体的な技術を踏まえて計算。コストがどれだけになるかも試算した。
例えば、『100%自然エネルギーシナリオ』(以下、100%シナリオ)は、現在想定できる省エネルギー技術・対策の普及・進歩によって、日本の最終エネルギー消費量(需要量)を2050年までに約半分に減らすことができる(2010年比47%減)と強調。
具体的には例えば、住宅・建築物に関しては「ZEH・ZEBなどに代表される省エネ化の促進」を掲げ、「2050年までには、住宅のほぼ全て、住宅以外の建築物の約4割が、現在の最新省エネ基準を満たしている」ことが必要としたほか、産業部門の主要な業種で50年までに2―3割の効率改善が行われること、全ての車両がEV・FCVにシフトしていることなどを前提にすれば可能としている。
「100%シナリオはまず、どれぐらいエネルギー需要を減らせるのかということを考えている。現在使える・想定できる省エネ技術・対策について、どれぐらいの普及が可能か。例えば住宅の省エネ化。2050年には今の省エネ基準にすべての住宅がなっていると想定していますが、2020年には新築住宅に省エネ基準が義務化されますから、それほど野心的な数値では無い。また、自動車に関して言えば全部の自動車が電気自動車や燃料電池車になる、普通の用途としてのガソリン車は無くなるという想定。自動車に関しても2050年に今よりガソリン車が多くなっているというシナリオは考えられない」
と語り、決して荒唐無稽な数値ではないことを強調する。
もちろん、自動車について趣味としてのガソリン車、クラシックカーやスーパーカーなどを、否定するものではない。
また、ほとんどの自動車が電気自動車や燃料電池車に置き換わっているとした場合、現在のガソリンスタンドに相当するエネルギーステーションが必要になるということなど、将来の社会像をシナリオは考えるきっかけになる。
産業分野に関しては20~30%の効率改善を想定している。オイルショックのときは30年間で30%の効率改善だったことを踏まえれば、2050年までの40年間でのこの数値は高いハードルとは言えないだろう。
「大事なポイントは、放っておいてもエネルギー需要は減るということ」と山岸氏。日本の人口は2060年代になると1950年代の水準まで減少すると推計される。日本にとっては大きな課題だが、エネルギーに関しては放っておいても2割ぐらい減少するということでもある。
「それに加えて前述の省エネを進めればエネルギー需要は半分ぐらいに減りますよと。その上で、残り半分のエネルギー需要を再生可能エネルギーで賄えるか、再生可能エネルギーのポテンシャルから無理がないかどうか確認しました」
再生可能エネルギーに対しては天候等に左右され発電にムラがあるという懸念の声が少なくない。この点についてシナリオの検討では、実際の気象データをベースに地域ごと1時間ごとにシミュレーションし、2050年時点で必要になるエネルギー需要は、「日本で供給可能な自然エネルギーのポテンシャルの範囲内」だとしている。2050年時点の電力需要を自然エネルギー100%で365日間切れ目無く供給することが可能であるということだ。
余剰電力を水素に転換し熱供給に活用
山岸氏は、「むしろ、最終的に課題になるのは、熱・燃料需要をどのように満たすかということ」と指摘する。
工場などで何かを溶かしたりするときに膨大な熱を必要とするが、再生可能エネルギーは太陽光や風力など電気が多く、熱を提供できる自然エネは限られている。
また、産業部門で必要な高い熱の提供が難しい。そこで注目されるのが、バイオマス利用の大幅な普及のほかに、余剰電力を水素に転換して熱・燃料に活用する仕組みだ。
「最近は電気分解で水素をつくることも市民権を得てきましたが、再生可能エネルギーで需要を上回った発電分は水素に変えましょうと。例えばゴールデンウィークなど需要が減る時期は大量に発電量が余ってしまう。そうした時期に余った電気で水素をつくりそれを貯めておいて熱需要に対応することを盛り込んでいます」
こうしたシステムの転換には当然予算も必要になる。シナリオでは、40年間のコストを、今のまま化石燃料に依存した場合のコストと比較計算。100%シナリオに必要な10―50年までの約40年間の設備費用は365兆円に上るが、運転費用は449兆円のマイナス(節約)となり、40年間で正味84兆円の節約になると試算している。
一方の『ブリッジシナリオ』は政府目標の「50年までに80%削減」を達成することを前提としているが、「100%自然エネルギーシナリオへの橋渡しになるという意味も含んでおり」、省エネは5年程度、自然エネ供給は10年程度の遅れをもって達成するイメージとなっている。具体的には▽省エネ技術・対策の普及で50年までに10年比約40%のエネルギー消費量を削減。自然エネは50年時点で一次エネ供給の約74%を占め、電力の約90%を供給▽50年時点の「残り20%」の化石燃料は、石炭は高炉鉄生産用に、石油は、化学産業等各種産業の熱需要や航空燃料に、ガスは家庭・業務部門の熱需要に供給する――というもの。
ブリッジシナリオ達成に必要な約40年間の設備費用299兆円、運転費用は388兆円のマイナスとなり、正味の費用は90兆円の節約になるとしている(小数点以下四捨五入の都合で合計が合わない)。
「日本国内では自然エネ100%などといえば反発も多い。しかし、80%というのは政府も目標として掲げているので、ブリッジには、我々の野心的なビジョンと政府のビジョンとの橋渡しになるものと言う意味も込めている」
この2つのシナリオの実現に向けての課題として山岸氏は、「コストに対する考え方」を挙げる。100%シナリオでは40年間で84兆円のプラスになるとしているが、40年のスパンで投資する人はインフラ企業以外ではまずいないだろう。しかも、この計算では2030年までは設備投資のコストが大きくなり、長期的なコスト増に耐えなければならないのかと、投資に後ろ向きになって当然だ。
この「コストの考え方」について如実に社会問題化しているのが石炭火力発電所の増設の問題だ。
電力自由化がはじまったことで、大手電力会社が一番安く発電できる石炭火力発電所の建設計画を進め、環境アセスが必要とならないギリギリのラインで現在47基の建設が計画されている。
将来的に考えれば石炭を海外からどんどん輸入するよりも自然エネで代替するほうが得なはずだが、ここ数年の電力市場を取っていくことだけを目指して安い石炭火力発電に向かっているというのが現状だ。しかも47基すべて建つと政府の計画にある石炭の量も超えてしまう。
「しかしそれを未来永劫続けられるわけではない。そこに歯止めをかけるには例えば、炭素税を導入するなどして、石炭に投資することが割に合わないという状況を作り出してあげる。そうすれば投資家も考え直す可能性が出てくる。それが政策の役割。投資する側がより長期的なスパンで見て投資できる環境を整えることが必要です」
大きな物語から地域へ
長年、国際社会での環境問題への取り組みを見てきた山岸氏だが、ここ10年で大きく変わったことがあるという。それは、「国連気候変動に関わる人の種類が圧倒的に増えたこと」だという。
「パリ協定の1年前のサミットの際、ニューヨークで40万人がパレードしたんですが、その人たちはいわゆる伝統的な活動家たちだけではなく、例えば先住民や労働組合、宗教家など。これまでの伝統的な環境活動などの枠を超えて人々が集まって声を上げたのが大きかった」
気候変動問題が色々な面から問題視されるようになったということでもある。ローマ法王からの回勅が出され、そのあとにイスラム指導者も宣言を出し、労働組合の国際連合がメッセージが出すなど、社会的影響力が大きい人たちが一斉に動き出している。
ところが日本では、労働組合や宗教界など、そうした様々な分野の人たちにまで、パリ協定のインパクトが届いているとはいいがたい。あくまで環境問題の運動をしていた人たちのものに止まり、市民運動の横の広がりがない。
山岸氏はパリ協定のもう一つの勝因として「ビジネスが動いたこと」も大きいという。
「例えば2015年には、いわゆるかつてのセブン・シスターズと呼ばれる国際石油資本が共同で、当時の気候変動枠組条約の事務局長に手紙を送っている。『グローバルなカーボンプライシングが欲しい』と。色んなところに色んな制度が乱立して、違うレベルで炭素税等々が掛けられるなら、国際的に共通した枠組みがあった方がよっぽどいいということのようです。かつて1997年に京都議定書が出来る直前には、これらの石油メジャーはグローバル・クライメット・コアリションというロビー団体で大反対キャンペーンを繰り広げた。それとは大きな変化」
パリ協定では、ビルゲイツや孫正義など、ビジネスリーダーも協定をバックアップする側に立った。
ところが、その風が日本に帰ってくると吹いていない。
「日本では、パリ協定のインパクトが必ずしも伝わっていない。それはWWFも危機感として持っている」と山岸氏。なぜ伝わらないのか。「一つには大きな物語を語りすぎたところがあったのではないか。一般の人により近いところでそれが一体何を意味するのかということを語ってこなかったのではないか」。
アメリカでいえばそれは雇用問題であり格差の問題であり、トランプ政権の誕生へとつながった。
日本も雇用の問題や格差の問題は深刻さを増しているが、「もう一つ大事なのが地域の課題にどう直結するのかということを語ってこなければならなかったということ」という。
日本社会が抱える最も大きな課題といえるのが人口減少問題。地域社会にとって今目の前にある危機といえる問題だ。
「この問題と温暖化の話を結び付けられないかと。よくあるのが再エネを地域おこしに使えないか、あるいはFITの売電収入を活かせないかという声。そこだけに止まらずコンパクトシティ化などと上手く組み合わせていくことが我々の課題」だという。
もちろん全ての地域に共通する答えを打ち出せるというものではない。「ある程度共通のフレームはあるかもしれないが、特に人口減少社会に由来する地域の課題とエネルギーやCO2の問題とを上手く組み合わせて、複数の問題解決に貢献するようなソリューションを進めていければと考えている」
そのためには、国際NGOのWWFが日本の様々な地域と直接的に関わっていくことが必要だ。今後は、全国各地に出かけ、地域で活動しているさまざまなプレーヤーと共同していかなければならないと考えている。
同時に、「シナリオも分野ごとにかみ砕き、住宅分野や、自動車分野で、それが実現したらどういう姿になるのか、検討に当たった研究者に話をしてもらいつつ、その分野の専門家にも参加してもらって、2050年の姿をどうとらえるか、多角的に語る場を作っていきたい。脱炭素社会に向けてみんながちょっとずつでもシフトしていけるかどうか。それが将来に大きな変化になる、そうしたものに取り組んでいきたい」と話している。
『脱炭素社会に向けた長期シナリオ2017』はWWFジャパンWEBサイト(http://www.wwf.or.jp/activities/2017/02/1357627.html)に掲載。
パリ協定成立にNGOが果たした役割は大きい。気候変動問題の解決のためには各国の市民の連携が不可欠なのだ。写真は山岸さんが参加したマラケシュの国連気候変動枠組条約第22回締約国会議(COP22)。
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